新・きせきみるもの

原稿16・初秋の海・新しい出会い・昼の食卓〜海辺の街に来たあいつ〜

 暑く、そして短かった夏が過ぎ、海辺の街は秋の色に染まりつつあった。
 すぐそばまで海がせまっている道路を、一台のバスが走ってきた。
 周りに何もないバス停に、バスは停車した。
 乗った客はなく、男が一人降りただけだった。
 銀の箱を肩から下げた、がっしりした体格の男。
 鳥羽光良は、新しい仕事の場にやってきた。
 春と夏を過ごした北の街で、たくさんの出会いをした。
 この街でもまた、新しい出会いが待っているのだろうか。
 鳥羽はそんな思いを胸に秘めつつ、歩いていった。

 日はすでに、西に傾きつつあった。
 街に一軒だけのスーパーマーケットは、買い物客で溢れている。
 鳥羽は必要な物を買いそろえて、店を出ようとした。
 …?なんだ?
「日用品、雑貨、食料品を無料配布いたしまーす!早い者勝ちですよー!」
出口の脇で、スーツ姿の男数人がチラシを配りながら声を上げている。
「限定20名様限りですよー!もう締め切り間近でーす!」
 店を出た鳥羽は、チラシを受け取った。
「いかがです?こんなチャンスめったにないですよ」
 チラシを見ると、大きな文字が踊っていた。
『大サービス!日用品、雑貨、食料品無料で差し上げます!さらに特典あり!それは来てのお楽しみ!』
 …そうか、そういうことか…よし、一丁やるか…
「あのー、参加したいんですが、これ、どこでやってるんですか?」
「はいはい、ありがとうございます!すぐそばに会場がございます!ご案内いたしましょう!」
 鳥羽は案内されて、会場に向かって歩いていった。
「そこのお姉さん!いかがですか?来て損はないですよ!」
 その横で、スーツ姿の男の一人が、チラシを渡しつつ少女に声をかけた。
 チラシを受け取った少女の右手には、バンダナが巻かれている。
「わあ、これ全部ただなんですか?」
「もちろんですよ!」
「すごーい!絶対行きます!」
「はーい!ありがとうございます!」
 少女は案内されていった。
 その一方で、さらに男たちは買い物客に声をかけ続ける。
「奥さん!いかがですか?あと一人ですよ!」

 スーパーのすぐそばにあるビルの一室が、配布の会場だった。
 テーブルと、その脇に積まれた二つの商品の山、並べられたパイプ椅子以外には何もない、殺風景な部屋だ。 
「得したわね」
「でも、ただでもらえるなんて本当かしら?」
 20人ばかりの集められた客たちは、雑談を交わしていた。
 鳥羽は雑談に加わらず、ただ座っている。
「皆さん、お待たせしました!」
 声とともにドアが開き、5人のスーツ姿の男が入ってきた。
 一番最後に入った男が、ドアを閉めると、そばに陣取るように立つ。
「本日はお集まり下さいまして、誠にありがとうございます!それでは、始めさせていただきます」
 人の良さそうな笑みを浮かべた司会役の男が、高らかに開会を宣言した。
 会場から拍手が巻き起こる。
「ではまず、こちらから!」
 テーブルの上に、たわしが並べられた。
「欲しい人は元気良く手を上げて下さいね!何しろ、ただですからね!…それでは、欲しい人!」 
「はい!」
 3人ばかりの手が上がった。
「はい! 今手を上げた3名様!たわしをどうぞ!」
 男たちからたわしを受け取り、客たちは満足顔だ。
「うーん、まだまだ元気が足りないようですね?手を上げないと損しちゃいますよ!それでは、次はこちら」
 10個入りの卵が3パック並べられた。
「こちらは限定3名様。元気のいい人から選ばせていただきます。はい、欲しい人!」
「はい!!」
 今度は10人ほど手が上がった。バンダナの少女も手を上げた。
「はいはい、そこと、そこと、そこの元気なあなた!おめでとうございまーす!」
「やったー!」
 少女は選ばれて喜んでいる。
「では次、これは限定5名様です。欲しい人!」
「はい!!」
 少しずつ会場は熱を帯びてきた。
 その中で鳥羽だけが、手も上げずにただ座っていた。

 箱入りティッシュ、洗剤、タオルと次々に商品が出てくる。
 客たちはその度に先を争って手を上げた。
 すでに会場内は興奮状態だ。鳥羽を除いて。
 バンダナの少女も、いつの間にか雰囲気に呑まれるままに手を上げていた。
「それでは、本日の目玉商品です!」
 司会の男の声が一段と大きくなる。 
「こちら、体に優しい高級羽毛布団!これで安眠間違いなし!定価50万円のところ、なんと30万!」
 男は大きく息を吸い込んで、
「欲しい人!!」
「はい!!」
 一斉に手が上がった。鳥羽を除いて。
「はい、そこの奥さん!!あなたです!」
 中年の女性が指名された。
「特別に30万、ローンで大丈夫ですよ」
「はっ、30万?わ、悪いけどご辞退します。そんな高いもの…」
 ふと我に返った女性はあわてた。
「そうだわ、ちょっと高いわねえ」
「勢いでつい手を上げちゃったわ」
 客たちが顔を見合わせながら、口々に言った。
「だめですよ、もう手を上げたんですから!それに、他のお客さんが次の品物が出るのを待っているんだし、早く契約書にサインをして下さいよ!」
「早く早く!」
「急いで!」
 男たちが強い口調ではやし立てる。女性が出口の方に目をやると、ドアのそばで男が仁王立ちしている。『逃がさないぞ』とでも言わんばかりに。
「わ、わかりました…買います…」
 女性が渋々契約書にサインをしようとしたそのとき、
「ちょっと待った!!」
 それまで黙って座っていた鳥羽が、大声で制した。 
 皆驚いて鳥羽の方を見る。
「何ですか一体?」
 男がいぶかしげに鳥羽に聞いた。
「30万ですよ、30万。ちょっと高すぎやしませんかね?」
 鳥羽が逆に聞き返す。
「それに、羽毛布団なんてチラシに書いてありませんけどね。どうして書いてないんです?」
「…」
 男たちは返事ができない。
「ちょっと失礼!」
 言うが早いが、席を立った鳥羽は、テーブルに置いてあった布団を手に取った。
「なんですかこれ!ざらざらしてて、ふわふわ感もない、全くの粗悪品じゃないですか!こんな物を売りつけようとしてたんですか!」
 会場がざわめき出した。
「しかし、もう契約は成立していますよ。口約束でも契約は成立するんです」
 司会の男が不敵な笑みを浮かべて言った。
「その通り、契約は成立しています。しかし、ク?リングオフと言って、8日以内であれば契約は解除できるんです。さらに、この場合、契約の強要、不良品とわかっていて売りつけたという事実がありますから、これだけで無条件に解除できます」
 鳥羽は冷静に切り返され、司会の男は少しひるんだ。
「あ、あたし帰る!これ、返します!」
 バンダナの少女が、もらった商品の包みを置いて席を立つ。
「私も返します!」
「私も!」
 次々と、客たちが席を立った。
「おっと、待ってくださいよ!」
 出ようとした客の前に、男が3人立ちはだかった。
「あれだけもらっておいて、それはないでしょ」
「まだ商品はあるんですから」
 男たちのすごみのきいた声に、客たちはおびえた。
 いくら3人だけとはいえ、こちらは女性や年寄りばかり、かなうはずがない。
 どうしようと客たちが青ざめたそのとき、
「プラス、会場内に監禁!完全に違法行為だな」
 鳥羽がきっぱりと言った。
 すかさず男たちが鳥羽を取り囲む。
「あんたねえ、さっきからギャーギャー言っててなんなんだ!」
「ギャーギャー言ってるのはそっちだろ」
 鳥羽は顔色一つ変えずに言い返した。
 客たちは黙って見ているしかできない。
「今だ!逃げろ!」
 鳥羽の声に弾かれ、客たちは一斉に、がら空きになった出口から先を争うように逃げ出した。
「なんてことしてくれたんだよ」
「知ってたんだな。俺たちのやろうとしたこと、わかってて参加したんだな」
 男たちの声が、さっきよりすごみが強まる。
「正義のヒーローにでもなりたいのか?」
「さあ、なんでだろうな?」
 鳥羽はとぼけてみせる。
「てめえ、ふざけやがって!」
 突然、男の一人が殴りかかってきた。
「くっ!?」
 その手をつかまれる。
「先に手を出したな」
 鳥羽は体をひねった。
 次の瞬間、男は椅子のある方に吹っ飛ばされ、もんどりうって倒れた。
 ぶつかり合ったパイプ椅子が大きな金属音を立てる。
「!?」
 男たちは一瞬たじろいだが、すぐに一斉に飛びかかってきた。
 が、次の瞬間、全員崩れ落ちていた。
 鳥羽が腹に一撃を繰り出す方が早かったのだ。

 その直後、男たちは駆けつけた警官に全員逮捕された。
 鳥羽は警察署で事情聴取を受けた後、宿へと向かった。

『カメラマンお手柄 催眠商法の一味をKO』
 翌日、新聞に前日の一件の記事が出た。
 警察の調べで、一味はあちこちの街で催眠商法を行っていたことが判明した。契約に応じない客には暴力や脅しまで使っていたから極めて悪質だ。
 このニュースはたちまち街中に広まった。

 
 堤防の上に立つと、涼しい海風が吹き付けてくる。
 これから、鳥羽の仕事の時間だ。
 銀箱を開き、愛用のカメラとレンズ、三脚を取り出す。
 手早くカメラのセッティングを終えた。
 あの頃…あの地獄の日々からすれば、複雑なセッティングもまるでおもちゃをいじるようなものだ。
 鳥羽はファインダーをのぞきながら、シャッターを切るためのレリーズを握った。これがないと手ブレが起きやすくなる。
 沖合に向かって飛んでいく海鳥たち。
 狙いを定め、シャッターを切った。
「ぴこぴこ・・・」
「…?」
「ぴこぴこぴこ・・・」
 鳴き声とも、電子音ともつかぬ音が足下からした。
「ぴこー…」
 見ると、子犬が鳥羽の周りをくるくる回っている。
「おう、よしよし」
 鳥羽はしゃがむと、子犬の頭をなでてやった。
 自然と、鳥羽の表情も緩む。
「ぴこっ、ぴこっ」
 子犬はうれしそうだ。
 鳥羽に甘えるようにじゃれついてくる。
「ポテトー!」
 後ろから叫ぶような声がした。
「あっ、コラ!ポテト!だめじゃない、お仕事の邪魔しちゃ!」
 振り返ると、右手にバンダナをした少女が立っていた。
 子犬を追って走ってきたのだろう、額に汗が光っている。
「…!あっ!あなたは!」
 鳥羽の顔を見て、少女は思わず声を上げた。
「あっ、君は確か、昨日あそこにいた…」
 鳥羽は少女のバンダナを見て思い出した。
「昨日はありがとうございました!!」
 少女は膝につくくらい、深く頭を下げた。
「ははっ、そんな頭下げないで、上げて上げて」
 鳥羽は苦笑いした。
「昨日は災難だったね。でも無事逃げられて良かったよ」
「はい。でも家に帰って、姉に散々叱られましたよ。『ただほど高いものはない』って。変ですよね、ただなんだから『安いものはない』はずなのに…」
「そういう意味じゃないよ、回ってくるツケが高くつくってことだよ」
「ツケ?」
「そう、お金以上に高くつくってこと」
「…あ、申し遅れました、あたし、霧島佳乃っていいます」
「俺は鳥羽光良っていうんだ。よろしく」
 鳥羽は微笑んで名乗った。
「ほらポテト、こっちに来なさい!」
「ぴこー…」
 子犬…ポテトは残念そうに、鳥羽から離れた。

 海鳥たちが、群れをなして飛んでいる。あれはシギだろうか。
 鳥羽は海鳥に向けて数回シャッターを切った。
「カメラマンさんなんですね」
「うん。まだ駆け出しだけどね」
 ファインダーをのぞきながら、横に座っている佳乃に相づちを打つ。
「あ、そうだ。そろそろお昼ですよね。うちでお昼、どうですか?ごちそうしますよ!」
「え?悪いなあ」
「いえいえ、とんでもないです!お礼が少しでもしたいんです」
「そうか…じゃ、お言葉に甘えて」

 約1時間後…。
 街並から少し外れたところにある、街で唯一の医療施設。
 『霧島診療所』と、少しくたびれた表札がかかっている。
 そこの主とおぼしき、長身の、白衣姿の女性が入口をくぐった。
 待合室には誰もいない。主である医師がいないので、患者がいるわけもない。
 その横を通り抜け、診療所の主…霧島聖は居住空間に入った。
 食堂に入ろうとして、思わず身を引っ込めた。
「どうですか?おいしいですか?」
「うん、うまいね。料理好きなの?」
「ええ。料理は好きなんです。でも、腕前じゃ姉にはかないませんけどね」
「ああ、姉さん。ここの先生だね」
 妹の佳乃が、男と食卓を囲んで、食事をしている。 
 あの少年…国崎往人ではない。見知らぬ男だ。
 白衣に仕込んであるメスを出して、隙あらば…と思ったその時。
「でも姉、ひどいんですよ。味見してもらった時、『私を殺す気か』って。そりゃないよ〜って言いたいですよ」
「えー、どうして?こんなにうまいのになあ」
 奴はあの佳乃の料理を、うまそうに食べている!?
 毒の方がマシなくらいの佳乃の料理を。
 往人を、ポテトを、そして自分を陥落させた佳乃の料理を。
 一体何がどうなっているのか。しかし、ここで突っ立っていても埒があかない。
「ただいま」
 聖は乾いた声で告げて、食堂に入った。
「お帰りなさい」
「あ、お邪魔してます。佳乃さんのお姉さんですね?」
「はい…」
 聖らしからぬ、気の抜けた返事だった。
「この人、昨日買い物で、あたしを助けてくれた、あのカメラマンさんだよ」
「えっ?」
 聖は思わず息をのんだ。
「初めまして。カメラマンの鳥羽光良と申します」
 そう言って、鳥羽が差し出した名刺を、聖はおそるおそる受け取った。
 危ないところだ。うっかり、妹を助けてくれた大恩人に危害を加えるところだった。
 気を取り直して、聖は深く頭を下げた。
「昨日は妹を助けていただきまして、ありがとうございました」
「いやいや、礼には及びませんよ。それにしても、妹さんの料理、おいしいですね」
 お世辞で言っている様子はない。それに、鳥羽の前の皿が3枚、空っぽになっている。
 つまり、残らず平らげたということだ。
 …この男の味覚はどうなっているんだ!?化け物か、この男は!?
 高度な聖の思考を持ってしても、わからない。
 そして、一つの結論に達した。これは思考の結果ではなく、勘で導き出した結論だ。
 …とりあえず、この男は今、敵に回すのは得策ではない…
 ここは大人になって、無難に付き合おう。
 少なくとも、大恩人なのだから。
 幸い、悪い男には見えないので、それは容易そうだ。
「それでは、私は着替えてきますので」
 そう早口に言うと、聖はきびすを返して足早に食堂を出ようとする。後ろから、佳乃の声が聞こえてきた。
「このポテサラ、どうですか?一番の自信作ですよ」
 ポテサラ…さあ、どんな阿鼻叫喚の絵図が…
「あ、安心して下さい、あのポテトじゃないですから、あはは」
「うまい!自信作と言うだけのことはあるね」
 ズルッ!!
 さすがの街一番の名医も、思い切りズッコケた。
「あれ?お姉ちゃんどうしたの?」
「お姉さん?」

 新しい街の、新しい出会い。
 それは新しいドラマの始まり。 
 出会いの昼餉から、それは始まる。
 きせきみるもの、海辺の街の、初秋の日。

 つづく

 あとがき
 二年半ぶりの新シリーズです。
 今回は、鳥羽がメインとなっています。
 これからいよいよ、運命の歯車が大きく動き出します。


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