続・きせきみるもの

 そこは地獄の中の地獄と呼ぶにふさわしい場所だった。
 先進国の軍が共同で設立した特別訓練隊。
 あまりに想像を絶する過酷な訓練のため、最近までその存在は極秘とされてきた。
 そこで訓練を受ける兵士は、軍から派遣された士官候補生、エリート兵士が主であるが、新兵や素人でも、志願すれば入隊できる。国籍、年齢、経験などに一切制限はない。
 見事訓練を乗り越えて帰還した者には、士官としての待遇が与えられる。二等兵でも、少尉になれるわけである。
 しかし、一週間で半分が脱落し、一ヶ月でさらにその半分が脱落する。二年の訓練期間を乗り越えて”卒業”できる者は十人に一人もいないと言われている。
 ある年、二人の日本人が入隊した。彼らは全くの素人だった。すぐ脱落するだろうと周りの者はみな思った。しかし、予想に反して彼らは最後まで残った。それどころか、成績はトップクラスであった。

 『風神』『雷神』と呼ばれた男たち。
 今、彼らの過去を知る者は少ない。


 原稿7・帰ってきた二人・対決・悪夢
 〜よみがえった風神・雷神(1)〜



 東京のとある高校。
「お待ちしておりました、伏見さん、鳥羽さん」
 校長が、二人の男を出迎えた。
「初めまして、伏見清隆です」
「鳥羽光良です。よろしくお願いします」
 二人の男・・・伏見と鳥羽は丁寧に挨拶をした。
「では、職員一同が、職員室でお待ちしていますので・・・」
 二人は、校長に案内された。
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「こちらの方々に、前任の西山さんと大宮さんに代わって、卒業アルバムの写真と、それに付くレポートを担当して頂く事になりました。こちらは、カメラマンの鳥羽光良さん」
「鳥羽です。よろしくお願いします」
 教師たちは拍手を贈った。
「こちらは、ライターの伏見清隆さん」
「伏見です。よろしくお願いします」
 再び拍手が起こった。

 一時間めの休み時間。
「ちょっと、聞いて聞いて!」
 かん高い声が、教室に飛び込んできた。
「やれやれ、また始まりやがったか・・・」
 気だるそうに机に突っ伏しながら、藤田浩之が言った。横で神岸あかり、佐藤雅史が苦笑している。
「ほら、そこのボケーッとしてるの!人の話は聞く!」
 声の主は、先程飛び込んできた長岡志保だ。
「ありがたい志保ちゃんニュースが始まるのよ!ちゃんと聞くの!」
「はいはい、わかったわかった」
 浩之はてんで相手にしない。
「聞かないと、あんたの秘密みんなにバラすわよ!山ほど握ってるんだから!」
「ああ、お礼にげんこつ三つほどやるよ」
 軽くあしらわれた。
「くっ・・・いいわよもう!せいぜい邪魔はしないでよね!」
「勝手にしろ」
 どうにもならないとわかると、志保は忌ま忌ましそうに黒板の方を向いた。
「えー、こほん!・・・あんなのはほっといて、今日の志保ちゃんニュース!」
 志保は黒板に、『志保ちゃんニュース』と大きく書いた。
「今日来た、卒業アルバムのカメラマンとライターのことは知ってるでしょ」
「うん、ホームルームで先生が言ってたよ」
 女子生徒の一人が答えた。
「わたし、あの二人見たけど、どうもパッとしない感じだったわね」
「えー、そんなことないよ。背が高くてかっこ良かったよ」
「顔はまあまあ・・・かな?」
 口々に、女子生徒たちが言った。
「さて!その二人なんだけど」
 志保が遮るように言った。
「先週までは別の人だったわよね。なのに、どうして突然交代したか?不思議とは思わない?」
 そういえば、確かに・・・と聴衆からひそひそ声が聞こえる。
「そこで志保ちゃんスペシャル!何と二人は、この学校に潜入調査に来た!・・・のではないか!」
 おおっ、とどよめきが起こる。
「そんなことして何か得があるの?」
 さっきの女子生徒が聞いた。
「実は、この学校で不正がおこなわれているという疑惑がある。それで潜入して調べ始めた・・・」
「嘘くせえ!・・・というより完全に嘘だな」
 浩之が野次る。
「聞いてないのは黙ってなさいって言ったでしょ!・・・そしてそれをネタに、ゆすりをかける。不正をしているから学校側も泣き寝入りするしかない。その二人は同じ手でいくつもの学校から大金を巻き上げてきた・・・というのがあたしの・・・」
「志保・・・」
「何よ、あかりまで!」
「後ろ・・・」
「え?」
 振り向くとそこには、
「ゲッ!!こ、校長先生・・・それに・・・」
 廊下側から、伏見と鳥羽がこちらを見ていた。

 校長室に連行された志保は、校長と担任教師から散々叱られ、あげく伏見と鳥羽に頭を下げる羽目になったのだった。もっとも、二人は全然怒ってはいなかったが。
 二人が仕事のため校長室を出た後も、校長と担任からの説教は延々続いた。
 志保はあの手この手で言い訳したが、ますます泥沼にはまるばかりだった。結局説教が終ったのは、二時間目が終わった後だった。二時間目を欠課する羽目になってしまったのだ。
 ようやく『釈放』された志保を、浩之、あかりたちが出迎えた。
「志保・・・」
 あかりが声をかける。
「ううう・・・」
 志保は半泣き顔だ。
「やれやれ、根拠もなく人の悪口を言うからだ。『身から出たサビ』って奴だな」
「あっ、ヒロユキにセリフ取られちゃったヨー」
 横にいた宮内レミィが言った。

 伏見と鳥羽は、校内を歩いて回った。撮影をする前の下調べ、つまりロケハンだ。これをきっちりやらないと、本番の撮影時にいい写真やいい記事は作れない。
 あちこちでメモを取り、テスト撮影も行なった。
 そして放課後。ここは家庭科室。
「うーん・・・悪いけどあんまり進歩してないなあ」
 テーブルの上には、ミートスパゲッティ・・・になるはずだった、いわゆる『ミートせんべい』が置かれていた。浩之はそれを見て苦笑いをする。同席しているあかりと志保も苦笑いだ。
「ううっ・・・すみませぇん・・・」
 浩之の横で泣きべそ顔をしているのは、来栖川電工の最新鋭メイドロボ・HMX-12、通称『マルチ』だ。
 この学校に試験用として投入され、二週間たったら回収となるはずだったが、いろいろあってそのまま生徒として在籍を続けることが認められた。
「やっぱりわたしはだめなんです・・・」
「マルチちゃん、そんな、気にしないで」
 あかりがなぐさめる。何度やっても失敗ばかりなのだが、決してあかりと浩之は見捨てない。
「・・・・・・あっ!ちょっと待って!」
 志保が、家庭科室から飛び出した。
「なんだ、志保?どうしたんだ」
「廊下の方、見てたみたいだったけど?」
 浩之とあかりが、顔を見合せた。
 それから二分ほどして、
「さあどうぞ、こちらです!」
「おいおい、なになに?」
 志保が鳥羽の手を引いて家庭科室に戻ってきた。伏見も一緒だ。たまたま家庭科室の前を通りかかった二人を見つけて、連れてきたのだ。

「おわびの印に、お二人にごちそうしたいんです!」
 ・・・ゲッ!志保、この人たちにミートせんべい食わす気か!?
 口にはしなかったが、浩之は狼狽した。
「ひとつしかないのが残念ですけど、そこはお二人で分けてもらって」
「えっ、でも・・・」
「ちょっと、志保・・・」
 マルチとあかりが止めようとするが、志保はかまわずに『ミートせんべい』の乗った皿を二人に差し出した。
「へえ、これをごちそうしてくれるんだ」
「これは固焼きそばじゃなくて・・・固焼きスパゲッティ?」
 伏見と鳥羽は興味津々だ。
「これはこの子が作った新メニューで、『ミートせんべい』って言うんです。おいしいですよ!」
 それを聞いてマルチは頬を染める。
 ・・・嘘ばっかりつきやがって、志保。恥かかされた仕返しにしちゃ、ずいぶんせこい手だな・・・
 浩之にはわかっていた。彼らにとってはお世辞にもうまいとは言えない『ミートせんべい』を食べさせる。そして「まずい」と言わせて、マルチを泣かせる。そして、『あいつらはマルチをいじめた』と言いふらして、大恥をかかせてやる・・・大方、そんな魂胆だろうと。
 ・・・もう勝手にしろ、俺は知らん!
 浩之は内心で毒づいた。
「さあさあ、どうぞ、冷めないうちに」
 志保がうながした。
「じゃあ、さっそく・・・」
 伏見は 『ミートせんべい』を半分に割ると、片方を鳥羽に渡した。
「「いただきまーす」」
 パリッ!二人は『ミートせんべい』にかぶりついた。
「「ボリ、ボリ・・・」」
 ・・・さあ、どんな反応がくるかしら・・・楽しみね・・・
 志保は内心でほくそ笑んでいた。
「・・・・・・うまい!」
「・・・うまいなあ〜!」
 ズルッ!伏見と鳥羽の反応に、志保は思いっきりズッコケた。浩之とあかりもズッコケた。たったひとり、マルチだけがぽかんとしていた。
「うまい、うまい・・・」
「うまいよ、これ・・・」
 ボリボリと音を立てて、二人は『ミートせんべい』を賞味した。
「ああ、うまかったなあ」
「ほんとだな」
 あっという間に平らげてしまった二人は、皿を差し出して・・・
「「おかわり!」」
 ズルッ!!

 結局、伏見と鳥羽は、都合三枚も『ミートせんべい』を食べた。
「おいしかったよ」
「ごちそうさまでした。また機会があったら作ってね」
 礼を言って、二人は去って行った。
「何だかよくわからないけど、よかったね、マルチちゃん」
「そうだな、自信ついただろ?」
「はい、わたし、とってもうれしいです」
 マルチは喜んでいる。
「伏見さんと鳥羽さんって、ちょっと変わってるところはあるけど、いい人たちみたいだね」
「俺もそう思うよ」
「とってもいい方々です!」
 あかりと浩之、マルチをよそに、すっかり見込みが外れた志保は、ただ黙って苦虫を噛み潰すしかなかった。

 翌日の放課後。
 伏見と鳥羽は、前日に続いてロケハンをしていたが、今日は二手に別れることにした。
 さてここは、学校裏の雑木林。うっそうと茂る木々の中を、伏見は歩いていた。
「・・・ハアッ!!・・・ハアッ!!」
 向こうから、気合いとドスッ、ドスッという音が聞える。
 ・・・何だろう?何かを叩いているような・・・?
 伏見は音のする方に行ってみた。すると、広場のような所に出た。右の方に目をやると、小さな祠のような物が見える。ここは神社なのだろうか。
「あっ!伏見さん!」
 聞き覚えのある声がした。
「あっ、君は確か昨日の・・・」
「俺、二年B組の、藤田浩之です」
 練習の手を止めて、浩之が名乗った。
「藤田先輩、こちらの方は?」
 木にぶら下げていたサンドバッグを叩いていた少女、松原葵が聞いた。
「ああ、卒業アルバムのレポート書くことになった人で、伏見さんっていうんだ。昨日知りあいになってさ」
「そうですか、申し遅れました。わたし、一年A組の松原葵といいます。よろしくお願いします」
 葵が挨拶をした。
「どうぞよろしく。・・・ところで、ここは、空手部かい?」
「いえ、違います。ここは格闘技同好会といいます」
 葵が答えた。
「エクストリーム選手権ってご存知ですか?」
「ああ、確か格闘技の大会だよね」
「はい。わたしたちの目標は、その大会に出場することです」
「もっともそれは、葵ちゃんだけなんすけどね。俺はただ、ストレス解消にやってるだけで」
 浩之が口をはさむ。
「え、ええ・・・それもそれで、立派な活動です」
 葵は思わず苦笑いした。そのときだ。
「ヤッホー!葵、浩之、練習やってる?」
 妙に明るい声がした。
「おっ、綾香、セリオ!」
「こんにちは!」
 声のした方には、二人の少女が立っていた。一人は耳にアンテナのようなものがついている。マルチとはタイプが違うが、どうやらメイドロボのようだ。
「浩之、この人誰?」
 伏見の姿を認めた綾香が聞いた。
「ああ、昨日から卒業アルバムの仕事でうちの学校に来た、伏見さんだ。・・・あ、紹介します。俺たちのコーチやってくれてる、来栖川綾香と、セリオです」
「HMX-13、通称『セリオ』と申します」
 セリオが挨拶した。しかし綾香は挨拶もせずに、しげしげと伏見を見ている。
「どうした?綾香、挨拶しろよ」
「・・・ふーん、割と背が高いのね」
 綾香がポツリと言った。
「・・・けど、どうもパッとしない感じね」
「お、おい綾香!失礼だぞ!伏見さんに謝れ!」
「そうですよ、目上の人にそんなこと言っちゃだめですよ」
 浩之と葵がとがめた。
「あら、ごめんなさい。あたしって正直だから。ま、悪く思わないでね」
 ふざけた謝り方だが、伏見は怒りもせず微笑を浮かべているだけだ。
 ・・・何よこの男!すましちゃって!
 からかっても平然としている伏見に綾香はムッときた。が、すぐに笑顔に戻った。
「ま、いいわ。すぐにあたしの実力がどんなものか、わかるでしょ。あたし、これでもそこにいる浩之を、六回もKOしたんだから」
「へえ、そうなんだ・・・」
「へへへ、お恥ずかしい・・・」
 浩之は照れ笑いをする。
「まあ、一週間であたしにパンチが当てられるようになっただけでも、大した進歩ね。もっとも、まだまだあたしの足元にも及ばないけど」
「そう・・・」
 さして驚きもせず、それでいて嫌味のない伏見の態度が、ますます綾香をムッとさせた。もっとも顔は笑顔を崩さなかったが。
「ねえ、伏見さん・・・だったかしら。あなた、あたしと勝負してみない?」
「俺が?君と試合?」
「お、おい綾香。そんな初対面の人と・・・」
「そうですよ、そんなことしちゃ・・・」
「いいからいいから!」
 二人は止めるが、綾香は笑って拒絶した。
「口でいくら強いって言ってもわかりっこないし、身体でわからせてあげるのが一番じゃないかしら。もっとも、ちょっぴり痛いけど、しかたないわね」
 綾香は笑顔で、物騒なことを言う。
「ねえ、やるの?やらないの?」
「嫌だって言ったら、どうするの?」
 伏見が言った。
「弱虫、臆病って言ってやるわよ」
 それを聞いた伏見は苦笑いしながら、
「しょうがないなあ。それじゃ・・・お願いします」
「あら、やけに素直ね。ま、どうせもう、逃げ道はないもんね」
 綾香が余裕の笑みを浮かべた。

「それじゃ、ルールを説明するわね。勝負は、ボクシング形式。つまり、使っていいのはパンチだけ。もし、あなたが一発でも当てられたら、それであなたの勝ち。負けた方は、勝った方の言うことをひとつだけ、何でも聞くこと」
「俺の時と同じだ・・・」
 浩之がつぶやいた。葵はただ、見ているしかできない。
「どう?何か不満は?」
「ないよ」
 綾香に聞かれて、伏見が答えた。
「じゃあいいわね。セリオ、審判やって!」
「はい」
 綾香にうながされ、セリオが前に出てきた。
「このグローブを着用してください。公式ルールで、これを着用することになっています」
 セリオに渡されたグローブを、伏見は両手につけた。

 伏見と綾香は臨戦体勢を取る。
「あら、その構え・・・素人じゃないみたいね」
 伏見の構えを見た綾香が言った。
「一応はね」
 伏見が答える。
「ん・・・まあ、いいわ。それじゃ、おしゃべりはここまでにして、始めましょ」
 再び、二人は対峙した。
 静寂が、あたりに流れる。浩之と葵は、ただ固唾を飲んで見守っている。
 ・・・伏見さん、いくらガタイ(身体)が大きいからって、綾香に勝てるはずがねえよ・・・
「綾香、あんまり痛めつけるなよ」
「外野は黙ってなさい!」
 浩之がかけた言葉は、あっさりあしらわれた。
「では・・・・・・始め」
 セリオの声がかかった。
 先手必勝とばかりに、綾香は前に出てローパンチを出そうとする。
 シュッ!
 空気が裂けるよう音がした。そして・・・

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 長い・・・沈黙が・・・あたりに流れた・・・。
「・・・・・・・・・ウソ・・・ウソだろ・・・」 
 浩之がやっとの思いで、その言葉を絞り出した。
「只今の勝負は・・・伏見さんの勝ちです・・・」
 セリオがつむぎ出した言葉は、心無しか震えているように聞こえた。
 綾香が伏見の足下に、静かに横たわっていた。
 ウソだ、ウソだ、ウソだ・・・。
 あの綾香が負けた、それも何もできないままKOされたなんて・・・こんなの夢だ。悪い夢だ。
「藤田くん、松原さん。彼女の手当てを・・・」
「えっ、あっ・・・」
「は、はい・・・」
 伏見の声で我に返った浩之と葵は、倒れている綾香のところに駆寄った。

「気絶しているだけで、おケガはありません」
 綾香を診たセリオが言った。すると、綾香が目を開けた。
「・・・おっ、気がついたな」
「綾香さん!」
「綾香様」
 浩之と葵、セリオが声をかける。
「あれ・・・あたし・・・」
「気絶してたんだよ。伏見さんの攻撃で」
 浩之が言った。
「あ、そっか・・・あたし・・・負けちゃったんだ・・・」
 立ち上がりながら、綾香がつぶやいた。浩之たちは、そんな綾香に何も言うことができない。
「ところで言ってたよね。負けたら何でも言うこと聞くって」
 伏見が声をかける。
「ええ、確かに言ったわ。さあどうぞ」
 綾香は別段悔しがるでもなく、あくまで余裕しゃくしゃくな態度を崩さずに言った。
「うーん、じゃあ・・・」
 伏見は、何を綾香に要求する気なのだろうか。全員の目が伏見に集まる。
「じゃあ、今日はもう家に帰りなよ。それでいいよ」
 予想もしなかった言葉に、みんな唖然とする。
「それだけ?」
 綾香は小馬鹿にした口調で聞き返した。
「うん、それだけ」
 伏見がそう言ったあと、しばらくあたりに沈黙が流れたが、
「わかったわ。じゃああたしはこれで失礼するわ」
 そう言って、綾香は帰ろうとした。が、立ち止って振り返った。
「そうだ、伏見さん、エクストリームの大会に出てみない?」
 やけにはしゃいだような態度だ。そこには敗者の面影は見られない。
「俺が?大会に?」
「あなたほどの腕前なら、いいとこまで行けるわ。いや、初出場で優勝だって夢じゃないかもね。このあたしが保証するわ!新しい伝説の誕生ってとこね!」
 綾香は一気にまくし立てた。
「何のために出るの?」
 伏見は顔色ひとつ変えずに聞いた。
「優勝するためよ」
「優勝して、どうするの?」
「賞金がもらえて、スターになれるのよ」
「それで?」
「それでって・・・いちいちうるさいわね!男のくせに細かいことを・・・」
「さっきの約束、もう忘れたの?」
「・・・・・・」
 伏見に軽くあしらわれて、綾香は二の句に詰まった。
「・・・っ!」
 伏見をキッとにらみつけると、綾香は走り去ってしまった。
「綾香様、お待ちください」
 セリオが後を追いかけていった。

「なんてことをしたんですか!」
 葵が伏見に言葉をぶつける。
「どうしてあんな、バカにしたようなことを言うんですか!」
「よせ、葵ちゃん!」 
「いいえ、言わせてください!・・・優勝なんか何の価値もないみたいな、そんな言い方して、綾香さんがどんなに傷ついたと思ってるんですか!」
「俺には価値がない、それだけだよ」
 伏見は悪びれた様子もなく言った。
「はっきり言って軽蔑しました!あなたは最低の格闘家です!」
「俺は格闘家じゃない」
 その返答に葵は一瞬ひるんだが、それでも叫んだ。
「じゃあ・・・あなたは一体・・・何者なんですか!」
「フリーライターやってる伏見清隆。それ以上以下でもない」
 葵は何も言い返せない。浩之はただ見守るばかりだ。
「じゃあ、俺は仕事があるんで。失礼」
 そう言って、伏見は去っていった。
「葵ちゃん・・・」
 浩之が声をかけるが、葵は返事をしない。半泣き顔で、伏見の行った方をにらんでいる。
「・・・今日の練習・・・」
「えっ?」
 突然しゃべり出した葵に、浩之はちょっと驚いた。
「中止でいいですか?」
「中止・・・?」
「ちょっと、用事を思いだして・・・」
 浩之は少し間を置いて、
「・・・ああ、わかった・・・」
 静かに答えた。葵がウソをついていることくらい、浩之にはお見通しだ。だが、綾香が無様な負け方をしたのを目の当たりにして、まともな練習などできるはずがない。それは浩之も同じだった。
「じゃあ、片づけるか・・・」
「はい・・・」
 それから二人は、黙々と後片づけをした。

 夕暮れの帰り道。浩之とあかりが歩いている。
「ええっ!綾香さんが!?」
 話を聞かされたあかりは、思わず声を上げた。
「あのチャンピオンの綾香さんが・・・信じられない・・・」
「俺もだ・・・でも、あの伏見さんって・・・一体何者なんだ?」
 マルチの『ミートせんべい』をうまそうに食べた、あの無邪気な笑顔の伏見。綾香を一瞬でKOしてしまった、強い伏見。どっちが本当の伏見なのか、浩之は考えれば考えるほどわからなくなっていった。

 あれだけの強さを持ちながら、自分は格闘家ではないと言う伏見清隆。
 なぜか?一体彼に何があるのか?
 それは次回で。
 

 つづく

 あとがき
 『続・きせきみるもの』の第一話ができました。
 今回は一話完結ではなく、連続にしてみようと思います。
 さて、綾香が何もできないままKOされてしまいました。こんな二次創作は、もしかしたら史上初なのではないでしょうか。
 『こんなに弱い綾香がいるか』と、反感を覚えた方もいるでしょう。
 さてこれから、どうなっていくのでしょうか。


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