続・きせきみるもの

 原稿9・精神・無鉄砲・逃走
 〜あまりにもくだらない目標だ〜
 
 時計は8時28分を差していた。
「はあ、はあ…ふーっ、間に合った…」
 昇降口に駆けこんできた志保がつぶやいた。靴をはき変えると、教室に向かって歩き出した。
 少し歩くと、4、5メートル前方に浩之とあかりの姿が見えた。向こうも気づいたようだ。
「あ、ヒロ、あかり!おはよう」
「あっ、志保!おは…」
「志保!お前昨日、何をやったんだ!」
 あかりを遮って、浩之が叩きつけるように言った。
「え?何って…」
 志保は唖然とする。
「教室に行きゃわかるよ!…言っとくけど俺、知らないからな!行こうぜ、あかり!」
「あ、ちょ、ちょっと浩之ちゃん!」
 浩之は強引にあかりの手を引いて行ってしまった。
 …大変なこと?一体何があったのかな?
 志保はさっぱりわけがわからないまま、教室に向かった。
 教室に近づくと、何やら怒号が聞こえてきた。
「長岡出して下さいよ!長岡」
「もうちょっと待って!もうすぐ来るはずだから」
 …え?あたし?何だろ…?
 志保はあわてて教室に駆けこんだ。それと同時に、三人の女子生徒が志保を取り囲んだ。
「長岡!あんたね!坂下先輩をたきつけたのは!」
 『坂下先輩』と言っているところを見ると、好恵の後輩の一年生らしい。
「たきつけた?何のこと?」
「とぼけるな!!」
 背の高い女子生徒が、志保に詰め寄った。
「ちょ、ちょっと何よ、何の話よ!一体…」
「お前の、お前のせいで、先輩が…!」

 話は前日の放課後にさかのぼる。
「これ…どういうこと?」
 鳥羽は好恵に、道場に連れて来られていた。
「深い意味はありません。ただ、話がしたいだけです」
 道着に着替えてきた好恵が言った。
「あっ、あの人確か…昨日来たカメラマンじゃねえの?」
「ほんとだ。鳥羽さん…だっけ?何であの人が坂下先輩と…」
 部員たちがひそひそと話す。
 ちょうどその頃、こっそり鳥羽と好恵の後をつけた志保は窓の外から道場内をのぞいていた。
 …よし、その調子その調子…後はケンカが始まれば…
 そのとき、志保のPHSが鳴った。せっかくいいところなのにと思いながら、渋々電話に出た。
「はい、もしもし。…あ、悪いけどそれ、今日はパス!」
「パスって、何か用事があるの?」
 電話の向こうの友人が聞いてきた。
「いや、そのあの…別に…」
「あ、ないんだ。じゃあ早く来てね!」
「え、いや、ちょっとその…」
「何言ってるのよ!志保が言い出したんでしょ?B組の石田くんが寺女の子に告るから、その現場を見に行こうって。じゃあ、待ってるからね!」
 有無を言わさず、電話は切られてしまった。仕方なく、志保は待合せの場所に向かった。

「私は…自分の空手に誇りを持っています。そこには、『精神』があるからです。それに比べ、エクストリームは…そこにあるのは、名誉欲と金銭欲だけです。そこに出る者は格闘家じゃない、欲に踊らされた道化師です。そんなものを、武道と認める訳にはいかないんです」
「それで?」
 だから何なんだ、とばかりに鳥羽が言う。
「この学校にそんなものを広げられたくないんです。だから葵に、好き勝手なことをさせるわけにはいかないんです!」
「好き勝手に他流地合を申し込むのはいいの?」
「…!」
「無断でそんなことをして、部のみんながどれだけ迷惑するか、わかっててやったの?無責任!」
 そのとき、好恵の平手が鳥羽の顔目がけて飛んだ…が、その手は鳥羽の左手に顔の手前で掴まれた。
「くっ…」
  好恵は手を掴まれたまま鳥羽をにらんでいたが、しばらくして黙って手を降ろした。
「そんなことじゃ、伏見に紹介する訳にはいかないね。そんなくだらない目標で弟子入りなんかされたら、伏見が迷惑するよ」
「…くだらない?そんなにくだらないですか、私の目標は」
「ああ、あまりにもくだらないよ」
 鳥羽はきっぱりと言った。
「そうですか。それなら本当にくだらないかどうか、お見せしましょうか?それでわかると思います」
 好恵は不敵な笑みを浮かべて言った。
「いいよ」
 鳥羽の返事を受けた好恵は、自分の後ろで稽古をしていた数人の部員をどかせた。
「こっちに来てください」
 好恵に手招きされ、鳥羽は好恵の前に立った。
 二人は道場の真中で対峙する。全員が二人を見つめ、あたりはしんとなる。
「怖くないんですか?」
「全然」
 鳥羽の平然としたその態度に、好恵は怒りを覚えた。
「女だと思って甘く見ないで!」
「ううん、そんな風には見てないよ」
「じゃあ、どう見てるの!?」
「だだをこねる子供」
 次の瞬間、鳥羽の腹部めがけて好恵は拳を放った。が、右に身体をひねって軽くかわされた。
 おおっ、と道場内はどよめいた。
「あ、あなた…素人じゃないわね!?」
「まあね」
 その会話の後、しばらく鍔迫り合いが続く。
 …今だ!!
ぐっと踏み込んだ好恵は上段に向けて拳を放った。決まった、と誰もが思った。
「!?」
 拳は空を切っていた。鳥羽は左に身体を傾けてかわしていた。好恵は驚愕を感じた。
 …こ、この男、ただ者じゃない…相当の腕を持っている…
 その時、道場に好恵を呼ぶ声が響いた。
「好恵さん!!」
 葵だった。その横に、浩之もいる。
「葵…どうして…?」
 葵の姿を見た好恵がつぶやいた。
「空手部が大変なことになってるって聞いて…それで走ってきたんです」
 葵は息をはずませながら答えた。
「鳥羽さん…一体どうしたんですか?」
 今度は浩之が鳥羽に呼びかける。
「実は…」
鳥羽が言いかけたその時、
「何をやってるんだ!!」
 空手部の顧問教師が、浩之と葵の後に続いて入ってきた。
「あっ、あなたは…確かカメラマンの…」
「ええ、鳥羽です」
 顧問教師に向けて、鳥羽が名乗った。
「坂下、お前鳥羽さんに何をしたんだ!!」
「部内の練習試合をしようとしただけです!」
 出任せを、好恵は堂々と答えた。
「何が部内の試合だ!第一、鳥羽さんは…」
「いえ、いいんです。こちらもお受けしましたから。…そういうことで、いいかな?こっちも動いて」
 教師が言うのを遮ったあと、鳥羽は好恵に言った。
「構いません!…先生、この人は素人じゃありません!経験者です」
「だめだ!許さん!…あっ、待て!」
 教師が止める間もなく、好恵は鳥羽の胸部に拳を繰り出した。…が、今度は軽く右手でブロックされた。そして、次の瞬間…
 ドスッ!!
 腹部に強烈な衝撃が走ったと思った次の瞬間、好恵は二メートル後方に吹き飛ばされていた。
 目の前が暗くなる。意識が遠のいていく…
 好恵の身体は、静かに崩れ落ちた。
「すみません、先生。彼女を止めるにはこれしかなかったんです…」
 鳥羽が静かに言った。
「つ…強え…鳥羽さん…」
「坂下先輩、全然歯が立たなかったぞ…」
 周りの者たちは、ただざわめくしかなかった。

「坂下先輩、大丈夫ですか!?」
 好恵を後輩たちが助け起こした。起こされた好恵は、鋭い目で鳥羽をにらみつける。
「まだまだ…まだまだ!!…くっ!!」
 鳥羽にかかっていこうとする好恵を、部員たちと教師が止めた。
「やめてください、もう勝負ありです!」
「やめろ、お前の負けだ!」
 暴れる好恵を必死で押さえる。
「離して、離して下さい!!…離せっ!!」
 みんなに押さえつけられる好恵を葵はしばらく呆然と見ていたが、やがて決心したように前を向いた。
「好恵さん……私が行きます!!」
 飛び出していこうとした葵の腕を浩之がつかんだ。
「待て!葵ちゃんの勝てる相手じゃねえよ!」
「離して下さい!黙ってられないんです!」
「だめだ!あの人は強すぎる!坂下でさえかなわないのに、葵ちゃんが勝てっこねえよ!」
「負けるのはわかってます!でもこのまま何もしないのは…」
「みすみす負け戦をさせるわけにはいかねえんだよ!!…あっ、だめだ、戻れ!!」
 浩之の制止を振り切って、葵は鳥羽のもとへ走り寄った。
「鳥羽さん!」
「ん?」
「私が相手します!!お願いします」
 言うが早いが、ローパンチを仕掛ける。葵らしからぬ、不意打ちだったが、軽くかわされた。
「どういうつもり?それ」
「こういうつもりです!!」
 次の瞬間。
「やああああっ!!」
 右足で床を蹴って弾みをつけ、鳥羽の腹部に向かって拳を連続で放った。
 葵の十八番、『崩拳』だ。
 …これで決まり…………そ、そんな馬鹿な!?
 葵は驚愕の表情を隠せなかった。鳥羽は顔色一つ変えていない。
 渾身の力を込めて放った拳は、全て鳥羽の腕でブロックされていた。
 …崩拳が…破られた!?
「うっ…く、くううっ!!」
 葵は必死になって攻撃を仕掛けるが、鳥羽にはどれも軽くかわされ、防がれる。パンチもキックも、鳥羽をとらえることはできない。哀れを通り越して滑稽でさえあった。
 鳥羽は攻撃しないが、もう誰の目にも勝敗は決まっている。鳥羽が一撃を出せば、その瞬間に決着はつくに違いない。
「!!…うっ、ううっ!…」
 突然鳥羽は右手を伸ばし、葵の左腕をつかんだ。葵は驚いて振り払おうとするが、がっちりとつかまれて外れない。外そうとしているうちに、右腕までつかまれた。
「くっ…離して!離して!…離せっ…!」
 葵は鳥羽に両腕を掴まれ、かかしのように水平に広げたかっこうになった。
 その体勢のまま、高く持ち上げられてしまった。葵は必死に暴れ、足を繰り出すが鳥羽には届かない。
「いいかげんにしないか!!」
 突然の鳥羽の大声に、あたりはしんとなる。
「無鉄砲なことをするんじゃない!!」
 鳥羽に一喝され、葵はおとなしくなった。それを見て、鳥羽は葵をそっと下に下ろした。
 下ろされた葵はしばらく黙ってうつむいていた。鳥羽は何も言わない。そこへ浩之が声をかけた。
「帰ろうか、葵ちゃん…」
「……はい…」
 葵は静かに返事をした。その目には、涙が浮かんでいる。
「うっ…ううっ…ぐすっ…」
 とうとう葵は泣き出してしまった。泣きながら、浩之に支えられるように出ていく葵の姿を、鳥羽は、無言で見つめていた。 

 その日のうちに、好恵は自宅謹慎を命じられた。
 鳥羽はおとがめなしだったが、「挑戦を受けた以上は私の責任です、申し訳ありませんでした」と、丁重に顧問教師、そして校長に謝罪した。
 その後鳥羽は、出版社の仕事を終わらせて、学校に戻ってきた伏見と屋上に上がった。日はすでに傾いている。
「そうか…おとがめなしで済んだか」
 鳥羽から話を聞いた伏見が言った。
「しょうがないよな…俺って。子供相手にあんなことして」
 鳥羽がつぶやく。
「それだったら俺だって同じだよ。いくら大会で優勝してるプロの格闘家とはいえ、子供相手にあんなことしちゃったんだから」
「…」
「お前も俺と同じ、お灸をすえるつもりでやったんだろ?…だから悩むことはないですぞ、鳥羽少佐」
「恐れ入ります、伏見大佐」
「ははは…」
「はははは…」
 夕暮れの屋上で二人は笑った。

 一連の事件の情報は、放課後の学校全体にあっという間に伝わった。
 あの坂下好恵が鳥羽に挑戦して、無様に負けたこと。
 その上、自宅謹慎を命じられたこと。
 そして、好恵に勝負をたきつけたのは…

 話は戻って、朝の学校。
 「はあ、はあ、はあ…」
 志保は追われていた。
 伏見のことを教えただけで、たきつけてなんかいないと弁明したが、空手部員は聞き入れようとはしなかった。今にも殴りかかってきそうな空手部員の形相に身の危険を感じた志保は、あわてて逃げ出した。
 何度も人にぶつかりそうになりながら、廊下を駆けた。
「あっ、伏見さん、鳥羽さん!」
 ふと見ると、前方を伏見と鳥羽が歩いている。
「た、助けてー!助けて、助けてー!」
「「……?」」
 二人が振り返ると、志保が息も絶え絶えで立っていた。
「どうしたの?」
 伏見が声をかける。
「助けて下さい、追われてるんです。謝るから助けて!」
 その時だった。
「あっ、いた!」
「長岡!!」
 追ってきた空手部員が、志保に追いついた。志保はあわてて、伏見の後ろに隠れた。
 
 この後、更に事態は深刻になるのだが、誰もそれに気づく由もない。
 志保はどうなってしまうのか?
 伏見と鳥羽はどう出るのか?
 それは次回で。
 
 つづく

 あとがき
 また前話から今話まで、間が開いてしまいました。
 これからどうしようかな…。
 あと…他には特に書くことないです。


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