続・きせきみるもの

原稿10・英雄・屈辱・解散
〜壊された夢と憧れ〜
 
 志保を追ってきた空手部員たちは、鳥羽の顔を見て青くなった。
「と、鳥羽…さん…」
 全員、金縛りにあったように動けなかった。鳥羽、そして伏見は彼女らを黙って見ている。
「鳥羽さん、全ての原因はそいつです!そいつが、長岡が坂下先輩をたきつけて、鳥羽さんと勝負させたんです!面白がって挑戦させたんです!」
 しばらく黙っていた空手部員の一人が堰を切ったようにまくし立てるが、鳥羽と伏見は顔色一つ変えない。
「事情はなんだろうと、勝負を受けた俺の責任だ。文句は俺に言ってほしい」
 鳥羽の言葉に、空手部員は何も言い返せない。さらに鳥羽は続ける。
「坂下さんを元気づけに行ってあげなよ。仕返しなんかより、そっちの方が大事だよ」
「は、はい…」
 空手部員はしぶしぶ引き上げていった。
「あ、あの…ありがとうございました。それから…ごめんなさい」
 志保はおずおずと礼と謝罪を言った。
「後で、何があったのか話してくれるかい?ちょっと聞きたいんで」
 伏見が言った。志保は一瞬ためらったが、
「は、はい…」
 小さく返事を返した。
「長岡さんは何組なの?」
「A組です」
「じゃあA組の前で待ってるから」
 …うっ…教室の前で待たれたら、逃げられないじゃない…
 志保は内心で歯ぎしりをした。

 一方、こちらは好恵が所属している二年D組。
 ホームルームの時間だが、まだ担任教師が来ていないので教室内はざわついている。
「坂下もだらしないよなあ。ケンカ吹っかけといて」
「ざまあみろ、だよな」
 好恵が鳥羽に敗れ、あげく謹慎処分を食らったのを聞いて、男子生徒たちは大喜びだ。
 男子生徒たちは普段から、好恵のことを良く思っていなかった。男子のことを、何かと見下した態度を取るからだ。
「鳥羽さん、よくやってくれたよな」
「ホント、ヒーローだよ」
 鳥羽のことを英雄と讃える。
「だいたい好恵、自分がいつも正しいと思ってるもんね。何様のつもりよ、ホント」
 やはり好恵に反感を抱いていた女子生徒の一人が言った。
 女子生徒には人気がある好恵だが、だからといってみんながみんな好恵が好きというわけではない。好恵の真面目すぎて融通がきかない性格に反感を持つ者も少なくないのだ。
「ところで、伏見さんはどうなんだろ?鳥羽さんみたいに強いのかなあ?」
「さあ、わかんねーな」
 浩之、あかり、志保、葵を除いて、まだ学校内で誰も伏見の強さを知っているはずがなかった。
「でも、伏見さんと鳥羽さんってやっぱカッコいいよね」
「私、どっちかと言えば鳥羽さんのほうがいいかな。がっしりしてて頼れそうで」
「えー、伏見さんの方がいいよ。優しそうで」
 女子生徒の間で、伏見と鳥羽はアイドルになっていた。

 一時間目の休み時間。
 志保は逃げも隠れもせず、いや、できずに伏見と鳥羽に全部白状した。
 伏見と鳥羽は怒りもせずに、あっさりと教室に帰した。
 しかし、去り際の志保に伏見がチクッと一言、
「今度同じことやったら、助けられるかわからないからね」
 志保は素直に反省するしかなかった。

 昼休み。
 髪を二つ縛りにした女子生徒が、転んで廊下に散らかしてしまった古い紙の束を拾い集めている。
 好恵と同じクラスの、雛山理緒だ。
 同じクラスとはいっても、好恵との付き合いは全くなかった。話をしたのも二、三回しかない。
 …あーあ、藤田くんがこんな時いてくれたらなあ…
 そんなことを思いながら拾い集めていたら、一人の男が何も言わずに一緒になって拾い始めた。浩之ではない。
 その姿を見た理緒の背中に、冷たい物が走った。
 …あっ!あの人だ…
 鳥羽だった。
 あの好恵を倒した男が、目の前にいる。
 怖い…足がすくみそうになる。あたかも虎や熊を目の前にしたようだった。
「はい、どうぞ」
 鳥羽が差し出した紙の束を、おずおずと理緒は受け取った。
「あ、あ、ありがとうございます」
 どもりながら礼を言った。それからあわてて束ねていたひもで紙の束を結び直し、逃げるように立ち去ろうとした。
「あ、ちょっと待って」
 鳥羽に呼び止められ、理緒はびくっとした。
「その結び方じゃほどけちゃうよ。ちょっと貸して」
 一瞬ためらったが、理緒は紙の束とひもを鳥羽に渡した。
 受け取った鳥羽はそれを床に置くと、サッと素早い手際でひもをほどき、そして結び直した。
 できあがった結び目は、理緒がやったものよりもずっとしっかりしていて、ほどけそうになかった。
「今の結び方、どうやるんですか?」
 どうやるのかが気になり、怖いのも忘れて理緒は聞いた。
「ん?結び方?じゃあ、ちょっと見ててね」
 鳥羽は一方のひもの端と反対側を引っぱった。結び目はさっとほどけた。
「まず、ひもの端と端を十字型に合わせて…」
 説明を、理緒は真剣に聞いている。
「上にあるひもを下のひもに巻く。次に巻きつけたひもを上にして、また十字型に合わせる」
 鳥羽はゆっくりとひもを動かしながら説明した。
「で、もう一度上のひもを下のひもに巻きつけて…ひもの端と端を引っぱって…でき上がり」
 立派な『本結び』ができていた。
「ほどき方は…片方のひもの端とその反対側を持って、引っぱると…ほどけたね。じゃ、やってごらん」
「え、あっ、はい…」
 鳥羽に言われて、理緒はぎこちない手つきで、ひもを結び始めた。
「えーと、ひもを十字型に合わせて…次に…上のひもを下のひもに巻きつけて…」
「あっ、それだと縦結びになっちゃうよ。こっちのひもを上にして…」
 鳥羽に丁寧に教えられ、すぐに理緒の『本結び』ができた。
「わー、できた」
「そうそう、それだよ。ちょっと練習すればすぐできるよ」 
 鳥羽は優しく言った。そのとき、もう理緒の恐怖心は消えていた。
「鳥羽さん、ありがとうございました」
「いやいや、お礼するほどじゃ…あ、引き止めちゃったね。行くとこあるんでしょ?」
「あ、そうでした。それじゃ、失礼します」
 一礼して、理緒は鳥羽と別れた。
 …鳥羽さんって優しい人だったんだ…怖い人だと思ってたのに…
 理緒は温かな気持ちで歩いていた。

 放課後、掃除の時間。
 あちこちの教室や廊下で、当番の生徒が掃除をしている。
 そして、この一階の廊下にも掃除にはげんでいる生徒がいた。
 マルチ、そして浩之だ。二人は手に掃除のモップを握っている。
「あ、伏見さん!」
 前方に伏見が歩いているのをマルチが見つけた。向こうもすぐに気がついて、二人の方に寄ってきた。
「また会えたね。この前はごちそうさまでした」
 伏見の笑顔に、マルチは頬を赤らめた。
「今日は掃除当番なの?」
「はい、これが私のお仕事です」
「藤田くんも?」
「いえ、俺は当番じゃないけど、当番の奴らが全部マルチに押し付けて帰っちまいやがって…ひでぇ奴らですよ。廊下の端から端まで、マルチ一人にやらせるなんて」
「そうか、それで君が手伝ってあげてるんだ。えらいなあ」
「いやそんな、マルチがかわいそうですから…ははは」
 伏見にほめられて、浩之は照れ隠しに笑った。
「そうだ、俺も手伝うよ。この前のお礼がしたいな」
「えー、でも…」
 マルチは戸惑った。
「一人よりも二人、二人よりも三人だよ」
 伏見が優しく言った。
「マルチ、せっかく言ってくれてるんだから頼もうぜ。…じゃあ俺、伏見さんのモップ持ってきます」
 浩之は小走りで掃除用具入れに向かい、すぐモップを持って帰ってきた。
「じゃあ、伏見さんはこっち側をやって下さい。こっち側は俺とマルチがやります」
「ちょっと待って」
 始めようとした浩之を伏見が止めた。
「そんな風にやってたら日が暮れちゃうよ。掃除用具入れはどこ?」
「え?…あ、はい、こっちです」
 浩之に案内され、伏見は用具入れのロッカーの所までやってきた。マルチも一緒だ。
 伏見はロッカーを開けると、中を物色し始めた。
「うん、これくらいあればいいかな。ちょっとモップ貸して」
 浩之とマルチにモップを渡されると、伏見は用具入れから長い棒―モップを繋げるための柄にする棒―と、柄に繋がっていないモップのブラシを取り出した。
 取り出したブラシを水道まで持っていき、一つ一つ濡らしてから絞った。
 次に、横にした長い棒に、三本のモップのブラシと柄の接続部分をロッカーに入っていたひもで縛り付けた。両端と真中に一つずつだ。
 それからモップとモップの間のすき間に、柄に繋がっていないブラシをすき間なく縛り付けた。
「よし、できた」
 できあがったものを見て、浩之とマルチはあっ、なるほどと気が付いた。
「そうか、でっかいモップを作ったんですね!」
「伏見さん、頭いいですー!」
 その言葉に、伏見はにっこり微笑んだ。
「よし、始めよう。藤田くんはこっち、マルチちゃんはこっち持って」
 真ん中の棒を伏見が、右を浩之が、左をマルチが握った。
「じゃ行くよ。せーの、1、2、1、2…」
「「1、2、1、2…」」
 三人の『巨大モップ』が廊下を軽快に滑っていく。スピードは決して早くはないが、一本のモップでやるよりも作業の能率は段違いだ。
 そして、わずか5分ほどで廊下の端から端までの掃除は終わった。心なしか、いつもよりきれいに仕上ったように見える。
「おかげでずっと早く終わりました」
「伏見さん、ありがとうございました!」
 浩之とマルチは丁寧に礼を言った。
「またあの『ミートせんべい』、食べたいな」
「はい、いつでもお作りしますよ!」
「それじゃ、俺はこれで」
「「失礼しまーす!」」 
 伏見と浩之、マルチは別れた。
「伏見さん、ほんとに優しくていい方です!」 
「ああ、そうだな…」
 …強くて、しかも優しい、か…でも綾香を手加減しないで一発でのしちまうし…いくらチャンピオンとはいえ、女の子相手に…いい人だけど、どうもわかんない人だよな…
 喜ぶマルチに浩之は相槌を打ちながらも、釈然としない思いにかられていた。

 三日後、謹慎が解けた好恵、そして葵が学校に戻ってきた。
 葵も、鳥羽に無礼を働いた責任を問われて謹慎処分を下されていたのだ。
 葵は人当たりがいい性格なので、クラスのみんなは非難することなく迎えてくれた。
「よかったね、戻って来られて」
「もうあんなことしちゃだめだよ」
 友人たちは温かく接してくれた。
 だが、葵の心は晴れなかった…。

 一方、好恵は…
「だ、誰よ!こんなことしたの!」
 自分の机の上に置かれた、花が生けられた花瓶を見て叫んだ。しかし、誰も返事をしない。
「誰がやったのよ!」
 クラス全員に向かって叫ぶが、みんな一様に無視を決め込んでいる。
「あんたかっ!」
 近くに立っていた男子生徒の一人の胸倉をつかみ上げた。普段からふざけてばかりで、好恵がもっとも嫌っている男子生徒だった。
「な、なんだよ。俺は知らねーぞ」
 その男子は薄ら笑いを浮かべて言った。好恵が睨んでいるのに、まるでおびえた様子はない。
「あんた以外誰が…」
「さあ、みんなで呼んでみましょう。せーの!」
「「「鳥羽さーん!!」」」
 号令に合わせて一斉に叫んだ男子たちの声を聞いて、好恵の顔は一瞬青ざめた。
 あの忌まわしい記憶が蘇ってきた。あの男…化け物じみた強さの、あの男…。
 好恵は黙って手を離した。嘲笑する同級生たちを、好恵はただ睨み返すしかできなかった。

 放課後。
 いつものように空手部の練習に出向いた好恵を待っていたのは、
「お前には当分練習は控えてもらう。雑用をやれ」
 という顧問教師からの冷たい通告だった。
 屈辱を噛み締めつつ、一年生がやる雑務を好恵はやった。

 そのころ浩之は、格闘技同好会の練習場所である、神社にいた。見学に来たあかりもいる。
「遅いなあ、葵ちゃん」
「どうしたのかな?いつもなら真っ先に来てるのにね」
 もう練習時間なのに葵が来ない。二人は待ちぼうけを食っていた。
「しょうがねえな、呼びに行くか」
 二人は学校に戻り、葵のクラスまで呼びに行った。
 しかし同級生いわく、葵は先ほど帰ったとのことだった。
「じゃ行き違いか。葵ちゃん、もう神社にいるかもな。戻ろう」
 二人は校舎を出た。そして校門を出た時、
「あ、いたいた。葵ちゃん!」
 あかりが葵の姿を見つけた。
「あ、藤田先輩、神岸先輩…」
「葵ちゃん、どこ行くんだよ。神社はあっちだろ」
 葵は神社のある雑木林とは違う方向に歩いていたのだ。確か、葵の家の方向だったはずだ。
「帰ります」
「練習は?今日は道場へ行く日じゃないだろ?」
「もう、道場もやめようと思ってます」
「どういうことだよ?」
「やめるんですよ、格闘技」
「!?」
 浩之とあかりは、一瞬わが耳を疑った。
「もう私には、やる理由がなくなったんです」
「理由がないって…あんなにがんばってたのになんでだよ!?」
「綾香さんと好恵さんが、あんなに弱かったなんて思いませんでした。ずっと憧れてたのに、いつかは二人に勝ちたいと思っていたのに、あんなの見せられて…夢がなくなったんです、壊れたんです」
「違う、それは違うぞ。二人は弱いんじゃない、伏見さんと鳥羽さんがあまりに強すぎたんだ」
 浩之の言葉にも、葵は耳を貸そうとしない。
「格闘技同好会も、これで解散です。今までありがとうございました」
「何言ってるの葵ちゃん!」
「バカなこと言うなよ!」
「失礼します!」
 葵が走り去ろうとしたその時、
「ちょっと待った!」
 呼び止める声がした。その声は浩之でもあかりでもない。
「!!」
 振り向くと、伏見と鳥羽が立っていた。

 まさか葵が…?
 夢を捨てようとしている葵に、伏見と鳥羽はどう出るのか。
 それは次回で。

 つづく

 あとがき
 今回のあとがきは本編とは関係ない話。
 この『きせきみるもの』が、某所で激しく叩かれているのを見つけてしまいました。
 何がそんなに気に食わないんだか、全然筋が通ってない、寝言めいた発言がほとんどでした。
 まあいろいろ言いたいこともあるでしょうが、「言いたいことがあるなら陰でグチャグチャぬかしてないで、直接こっちに言え」と、はっきり言わせてもらいたいですね。別に私は恐くも何ともないんですから、なんでも言ってごらんなさい、って。


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