きせきみるもの

 原稿5・疑惑・卑怯者・本当の誠意

 昼下がりの商店街。
「あ、伏見か?・・・俺今、商店街」
 銀色のバッグを下げた男が携帯電話を握っていた。
「・・・もうすぐそっち行くから。じゃあまた後で」
 そう言って、携帯を切った。すると、後ろから声が聞こえてくる。
「あ〜、そこの人!どいて〜!!」
 紙袋を抱えて、少女が駆けてくる。
「・・・?」
 男はあゆに気がついたようだった。
「わ〜〜〜っ!!ぶつかる〜〜〜!!」
 ひょいっ!
「え?」
 紙一重でよけられてびっくりしたのか、
「わわわわわ〜〜〜〜〜っ!!」
 ドターン!!派手に転んだ。
「大丈夫かい?」
「うぐぅ・・・」
 男に声をかけられた少女は振り向いた。
「・・・!逃げるよっ!」
 少女は立ち上がったかと思うと、男の手首をつかんで走り出した・・・つもりが、前に進めない。
「おいおい、ずいぶん急いでどこ行くの?」
 そう言ったまま、男は微動だにしない。体格は良くて、180センチはあるだろうか。力もありそうだ。
「うぐう〜〜〜!!」
 少女は男の手首をつかんだまま、必死に前に進もうとするが、足は空しく空走するばかり。・・・と、その時だ。
「あーっ、見つけたぞ!この食い逃げめ!」
 前掛け姿の、いかにも『親父』といった感じの男が走ってきた。
「なんかあったんですか?」
「・・・ん?いや、その子がね、うちのたい焼きの代金、払わずに逃げたんだよ。それも今度で三回目だよ!」
 男に聞かれた親父が答えた。
「いくらなんでも、もう許さないからな、さあ、交番行こうか!」
「・・・・・・」
 少女は観念したのか、逃げようとするのもやめてうつむいていた。 そこへ男が、
「あの・・・代金、いくらです?」
「ん?なんだい、あんた。この子の知り合いかい?」
「いえ、違いますけど・・・お金さえ払えば、この子を許してあげてくれますか?」
「え?立て替えてくれるってこと?冗談じゃないよ!そんなことしたら、味をしめてまたやるに決まってるよ!」
「じゃあ、ご主人さんの店はどこですか?」
「え?」
 男の意外な言葉に、親父は戸惑った。

「ふーん、1つ100円か。いくつ買ったの?」
「6つ・・・」
 少女が静かに答えた。
「じゃあ、1つください」
 そう言って、男は千円札を差し出した。
「ああ、買ってくれるんだね。・・・はい、ありがとう」
 親父はたい焼き一つが入った紙袋を男に渡した。そして釣り銭の900円を渡そうとしたその時、
「釣り銭、違いますよ。300円ですよ」
「え?何言ってんだい?あんた、計算もできないのかい?」
「さっきの6つは、この子じゃなくて俺が買ったんです。それに1つ追加・・・それでどうですか?」
 そんなの、ムチャクチャな話だ。そんな理屈が通るものか・・・そんなことはわかっている。しかし・・・
「わ、わかった。そういうことにしておこう」
 男の自信に満ちた目に、親父はうなづくしかなかった。だが、ぐいと少女をにらむと、
「・・・おい、そこの食い逃げ!運がいいな。今日だけはこの兄ちゃんに免じて勘弁してやる。だがな、今度やったらただじゃおかんからな!・・・返事はどうした!返事は!」
「・・・はい・・・」
 親父に怒鳴られ、少女は力なく返事した。

「ありがとう、助かったよ。あ、お礼に一つあげるね?はい、どうぞ・・・」
 紙袋を開けて、取り出したたい焼きを男に差し出そうとしたその時、
「こらっ!!」
「うぐ!?」
 怒鳴り声ではないが、男の発した大きな声に少女はびくりとなった。
「聞いたぞ。一度ならともかく、三度もやるとはどういうことだ?」
 子供をたしなめるように、男は少女に言った。
「だって・・・食べたかったんだもん・・・たまたまお金がなかっただけなんだもん・・・」
「ふーん、それで?」
「・・・・・・」
 ・・・うぐぅ・・・この人、祐一くんみたいにはいかないよぅ・・・
「そんなことじゃ、世間を狭くするぞ。今にツケがふりかかってくるぞ」
「平気だもん、ボク!」
 そう言って、逃げるように駆け出した途端・・・
 ズボッ!!
「うぐ!?」
 見事に道路脇の排水溝に足を突っ込んだ。
「うぐぅ・・・足がびしょびしょ・・・」
「ははは、言わんこっちゃない!ははははは!」
 男は大笑いだ。
「うぐぅ・・・笑いすぎ・・・」

 出版社の編集部。 伏見が編集部員と打ち合わせをしている。
「よう、伏見!久しぶりだなあ!」
 伏見の後ろから、声がした。
「おっ、鳥羽!しばらく!」
 声をかけた男・・・鳥羽と伏見は握手を交わした。
「鳥羽さんって、伏見さんのお友達だったんですか?」
 編集部員が聞いた。
「ええ、大学時代の友人だったんです。・・・鳥羽、ここで仕事か?」
「うん、お前とは別の本だけど、撮影の仕事が入ってさ。しばらく続くんで、この近くにマンション借りたんだよ。ウィークリーマンションってやつ。お前も借りたんだろ?」
「いや、俺は知り合いの紹介で、下宿させてもらってるんだ。そうだ、よかったら遊びに来ないか?みんな歓迎してくれるよ」
「いいのか?じゃあ、ぜひ!」

 日曜日、水瀬家の居間。
 用事で出かけている秋子を除いた一家全員と、遊びに来た月宮あゆが勢ぞろいしていた。
「紹介するよ、俺の大学時代の友人で、カメラマンやってる鳥羽光良(とば・みつよし)」
「初めまして、鳥羽光良です」
 鳥羽がみんなに挨拶する。
「長女の名雪です」
「次女の真琴です」
「月宮あゆです」
 みんなが、次々に挨拶した。
「そちらの彼は?」
「・・・あ、失礼しました。下宿人の相沢祐一です」
 ちょっと遅れて、祐一が挨拶した。心無しか、表情に険しげな雰囲気が見えた。
「どうぞよろしく」
 そうにこやかに言う鳥羽の横で、伏見は祐一だけでなく、みんなの表情にも陰があるのを感じ取っていた。それはともかく、紹介は終わった。
「まさか、あゆちゃんと鳥羽さんが会ってたなんてね」
「もう、しょうがないなあ、あゆちゃんったら」
「うぐぅ・・・」
 名雪と真琴に言われ、あゆはばつが悪そうに黙っている。
「その・・・この前は・・・ごめんなさい・・・」
「たい焼きうまかったか?」
「うん、あそこっておいしいんだよ」
 そんな感じで、しばらく会話が続いていたが・・・
「それより、祐一くん。さっきから何もしゃべらないけど、どうしたの?」
「な、何でもないよ」
 伏見の問いに、祐一が答えた。
「そう?その割には、なんか元気ないみたいだけど」
「何でもないって」
「待って!やっぱり話すよ・・・実は・・・伏見さんが鳥羽さんを迎えに行ってる間のことなんだけど」
 名雪が話し始めた。

 伏見が鳥羽と一緒に戻ってくる前のことだった。
「・・・ない!・・・ない!どこにもないよう!」
 伏見と鳥羽より先に来たあゆが騒いでいる。
「どうしたの?」
 名雪が声をかけた。
「ボクの財布がないの!どこにもないの!」
「どこかに落としたんじゃないか?」
「そんなことないよ、だってちゃんとリュックの中に入れたもん」
「もしかして祐一・・・」
「ん?」
「祐一が取ったんじゃない!?」
「なんだと!?何で俺が取らなきゃいけないんだ!?」
 突然真琴に言われて、祐一は怒った。
「だってさっき、リュック持ってたじゃない!」
「確かに持ってたけど、気をきかせて部屋の隅に置いておこうと思っただけだ!俺は取ってない!」
「何かあやしー!」
「真琴、何てこと言うの!」
「祐一くんが取るわけないよっ!」
 名雪とあゆが、真琴をとがめた。
「この家に泥棒はいらないわよ。秋子さんに言いつけて、追い出してもらわなくちゃ」
「やめなさい、真琴!」
 名雪もとうとう怒り出した。
「ひどいよ、真琴ちゃん」
 あゆも涙を浮かべて怒っている。その時、玄関の方から声がした。
「ただいま!」
「おじゃましまーす!」
 伏見の声と、初めて聞く声だった。
 
「ふーん、そういうわけだったのか・・・」
 事情を聞き終えた伏見が言った。と、その時、電話が鳴った。
「はい、水瀬です」
 名雪が出た。
「ええ・・・はい・・・え?ちょっと待ってください」
「何だ?どこからだ?」
 祐一が聞いた。
「商店街の交番からだよ。財布が届けられたんだけど、その中にうちの住所と電話番号書いたメモがはさまってたから、『お宅で財布を落とされた方はいませんか』って」
「・・・!おい、それってもしかして!」
「うん、そうだよね!・・・もしもし、実は・・・」
 名雪は再び電話を取った。

 名雪に付き添われ、あゆは交番に行った。思った通り、それはあゆの財布だった。
 届けてくれた人に丁寧に礼を言って、財布を受け取って水瀬家に戻った。

「財布、どこに入れたんだ?」
 戻ってきたあゆに、祐一が聞く。
「この中」
 あゆが指差したのは、リュックの脇についている小さいポケットだった。
「リュックの中に入れたんじゃなかったんだね。ちゃんと入ってなくて、こぼれ落ちちゃったのかな?」
 伏見が言った。
「何で中に入れなかったの?」
「うぐぅ・・・時間に遅れると思って、あわてて用意したから・・・」
 あゆはばつが悪そうに答えた。
「まあ、財布見つかったんだし、それでいいじゃない」
 名雪がフォローの一言を言った。
「よかったね、あゆちゃん。・・・じゃあ、全部解決したところで、みんなでティータイムといきましょうか!真琴、お菓子持ってくる!」
 真琴が立ち上がって、キッチンに向かおうとしたその時だった。
「ちょっと待て!!何がティータイムだ!!」
 祐一が怒鳴った。
「・・・それで終わりか!見つかりました、めでたしめでたし・・・それで終わりか!!」
 祐一は真っ赤になって怒っている。
「さんざん疑っといて、『ごめん』の一言もなしか!」
「もういいじゃない、見つかって疑いが晴れたんだから」
「なんだと!そんなことで気がおさまるか!!」
 名雪の言葉に、祐一はさらに激怒した。
「男のくせに、過ぎたことをぐちぐちとしつこいわね」
「なんだと!?てめえ、そんなこと言えるのか!」
 真琴と祐一の睨み合いがしばらく続いていたが・・・
「もういい、お前ら勝手にしろ!」
 そう吐き捨てると、祐一は居間を出ていってしまった。
「あ、待ってよ祐一!」
 名雪が追いかける。それに続いて、全員が立ち上がった。
「追ってくるな!!」
 振り向いた祐一が怒鳴った。

 祐一の部屋の前。
「ねえ、祐一、開けてよ」
 名雪が部屋の中の祐一に呼び掛ける。鍵がかかっているので、入れないのだ。
「うるせえ!あっち行け!!」
 祐一の怒声が返ってきた。
「真琴、謝りなさい」
「ごめん、祐一」
 名雪に促され、真琴が謝る。しかし、誠意など到底感じられない、事務的な言い方だ。
「ほら、謝ってるでしょ?許してあげてよ」
「やだね!」
「祐一・・・」
「ただ謝るだけなら3つのガキにだってできるんだよ!そんなんで許せるか!」
「ひどいよ、いくらなんでも」
「祐一くんごめんなさい!ボクが不注意だったのがいけなかったの!だから真琴ちゃんを怒らないで!」
 あゆが、泣き声で謝った。しかし祐一はおさまらない。
「失せろ!!話なんかしたくない!だいたいいつだってそうだ!真琴とケンカしたら、いつだって悪いのは俺!悪いことをしたから叱れば、俺が悪者扱い!秋子さんを味方につけて、好き勝手のし放題!俺はいつも損ばかりだ!真琴も、名雪も、秋子さんも・・・誰も彼も、卑怯者だ!」
 ついにたまりにたまった不満が爆発したのだろう、祐一は一気にまくしたてた。
「みんな、ひとまず居間に戻っててくれないかな?俺が話すよ」
 伏見に促されて、みんなは居間に戻った。

 祐一はしぶしぶながら、伏見を部屋に入れた。
「俺、お人好しすぎて、いつもバカ見てるんだ。許してばっかりだから、あいつらつけ上がってるんだ」
「それは違うと思うよ」
「・・・・・・」
「自分の事は許せなくても、人の事はさらっと許してあげられる・・・それが君のいいところだと思うな」
「・・・・・・」
「確かに、納得できないのはわかるよ。疑っておいて、間違いだったら間違いでしたで終わりかって、許せないのはわかるよ。正直言って、俺もみんなの態度は良くないと思うよ。でも、どうしてあんなに怒ったの?君らしくないと言えばらしくないね」
 伏見が聞いた。
「俺にもよくわからないけど・・・積もり積もった不満が、なんだか抑えきれなくなって・・・とうとうキレたって言うのかな・・・みんなのことは好きだよ。でもこれだけは許せないよ」
 祐一が、ポツポツと話し始めた。
「不満があるなら、どうして今まで言わなかったの?」
「だって・・・秋子さんを味方につけられたら、言えるものも言えなくなるよ」
「でも今言ってるじゃない。それじゃあ、秋子さんがいなければ、言いたいことが言えるの?」
「・・・・・・」
「いいじゃない、家族なんだから言いたいことは言えば。感情的に言わないで、普通に言えばいいんだよ、『俺はこれは嫌です』って。間違ってたら素直に謝ればいいんだよ。みんな、いちいち根に持つほど心が狭くなんかないよ。君は俺より長くこの家にいるんだし、そのことはよくわかってるはずじゃないかな」
 しばらく祐一は黙っていたが、ボソッと言った。
「・・・みんな今頃、俺の悪口で盛り上がってるんだろうな」
「大丈夫だよ」
「え?」
「鳥羽がいるからだよ。あいつ、今も昔もうるさ方で有名だよ」

 こちらは居間。名雪、真琴、あゆ、そして鳥羽が座っている。
「もう、しょうがないなあ」
「ほんと、祐一ったら子供なんだから。嫌なことがあったから閉じこもるなんて、ガキのやることよ」
「祐一って子供っぽいところがあるけど、こんなところまで子供なんて、がっかりしちゃったよ」
 名雪と真琴が不満げに言う。あゆはうつむいて黙ったままだ。そこへ、鳥羽が口を挟んだ。
「ちょっといいかな、みんな」
 いきなり話し出したのに驚いたのか、誰も返事をしない。
「さっきから黙って聞いてりゃ、いいかげんにしてくれよ。はっきり言って、みんなひどいよ。言い訳するし、ぐずぐず言うし、何ですぐに謝れないんだよ?疑ってごめんなさいってどうして言えないんだよ?」
「だって・・・あんな言い方されたら、謝る気もなくなるわよ」
 鳥羽の静かだが厳しい言葉に気押された真琴が、力なく答える。
「じゃあ謝らなくていいわけ?そんなの、理由にならないよ。何かみんな、間違ってるような気がするよ!」
 鳥羽の語気が徐々に荒くなる。
「自分達は大人だって言うなら、どうして間違いを素直に認められないの?間違ったら謝るのって確かに勇気がいるし、恥ずかしいことだけど、でも大事なことじゃない!それができない君らこそ、よっぽど子供だよ!」
 名雪、真琴、あゆはうつむいたまま、黙りこくっている。
「祐一くんの言う通りだよ。みんな卑怯だよ!」
 鳥羽のとどめの一言が、三人に重くのしかかった。

 祐一の部屋。
「伏見さん・・・」
「ん?」
「俺・・・間違ってるかな?」
「間違ってないよ。間違ってないけど・・・冷静じゃなくなってるだけだと思うよ。じゃ俺、下に行くから」
 伏見は祐一の部屋を出た。

 一階に降りると、鳥羽の怒声が聞こえてきた。
「俺のことムカついた?だったらいいよ。俺、帰るよ!」
 ・・・相変わらずだなあ、鳥羽・・・
 伏見は苦笑いした。
「あ、伏見。悪いけど俺、帰らせてもらうよ」
 居間を出た鳥羽が、伏見に言った。
「そうか・・・じゃ、また明日」
「それじゃ・・・おじゃましました」
 それだけ言うと、鳥羽は帰ってしまった。

 鳥羽がいなくなった居間を、重苦しい沈黙が支配する。
「伏見さん・・・どうしよう・・・」
 名雪が力なく言った。
「確かに、謝ることは大事だよ。でもね、言葉だけじゃ本当の誠意は伝わらないことだってあるんだよ。それじゃ祐一くんは余計に怒るばかりだよ。祐一くんのために何をしてあげられるかを、みんなで考えてごらん」
 伏見が静かに言った。
「・・・わたしたちが祐一のためにできることって・・・うーん・・・」
 名雪、あゆ、真琴の三人はしばらく考えていたが・・・
「あっ、そうだ、ボクたちで祐一くんに・・・」
 あゆが提案した。

 そして三人はさっそく始めた。
「あっ、違うよそれ。ちょっと貸して・・・」
「名雪ちゃん、助言はいいけど、やってあげるのはなしにしようよ」
 伏見が止めた。
「・・・あ、そっか。祐一に許してもらうためにやるんだもんね。・・・いい?ここはね・・・」

 約二時間後の、祐一の部屋の前。
「祐一、開けてくれる?」
「話なんかしたくないって言ってるだろ!」
「あゆちゃんと真琴がね、祐一のために料理作ったんだよ」
「・・・・・・?」
「ねえ、食べてあげてよ。冷めちゃうよ」
「・・・・・・わかった」
 祐一は静かに返事をした。

 祐一は居間に戻ると、テーブルについた。
「ふーん、合作で作ったのか」
 祐一の前に差し出されたのは、あゆと真琴が作ったビーフシチューだった。その脇には、名雪が作ったデザートのゼリーが置かれていた。
「うん、ボクたちがんばったんだよっ」
「・・・ま、まあ食べてよ。まずかったら、まずいって言っていいから」

「じゃ早速・・・いただきます」
 祐一はシチューにスプーンをつけると、少しすくって口に持っていった。名雪、真琴、あゆは祐一の動き一つ一つを、息を飲んで見つめている。
 少しの間、口の中で転がして飲み込んだ後、祐一は口を開いた。
「なんかやけにしょっぱいな・・・」
「うぐぅ・・・お塩の分量、間違ったかな・・・」
「野菜は中まで火が通ってないし・・・こんなビーフシチュー、初めてだ」
「ごめん・・・」
「ごめんなさい・・・」
 真琴とあゆが謝った。厳しい言葉だが、筋は通っている。それほどまで祐一の怒りが激しかったのだろうか・・・やっぱり許してくれないのか・・・そう思ったとき、
「それにしてもお前ら、痛かったろうな・・・」
「・・・・・・」
「やけどの跡や絆創膏が痛々しいなあ・・・そんな痛い思いしてまで、俺のために作ってくれたのか・・・」
 真琴とあゆはふと自分の両手を見た。こんなに傷ややけどをしていたのか、シチューを作っている時は無我夢中で、気にしている暇がなかったと、まるで他人事のように思った。
「ほんと、まずくて、うれしくて涙が出てくるよ・・・」
 祐一の目が心なしか潤んでいるように見える。
「それだけでこのシチューは合格!今までのことは無罪放免だ!」
「祐一・・・許してくれるんだ・・・よかったね、真琴も、あゆちゃんも」
「ぐすっ・・・」
「祐一くん・・・ぐすっ」
 二人は泣いていた。

 夜になって、帰ってきた秋子にみんなは一切を話した。
「ふーん、そんなことがあったのね・・・」
 秋子がつぶやいた。それからしばらく沈黙が続いたが、
「あ、席外しましょうか?これはみんなで話した方がいいと思いますから」
 伏見が言った。
「そうですね。そうしてくれますか」
「ええ。じゃあ、部屋で待ってます」
 そう言って、伏見は居間を出ていった。

 さらに沈黙が続いたが・・・。
「俺・・・言うべき時には言わなかったくせに、こんな時に乗じて言いたい放題言って・・・しかも、みんなのことを卑怯者呼ばわりして・・・もう遅いかもしれないけど、それは謝る・・・すまなかった。秋子さん、すみませんでした」
 祐一が最初に謝った。
「わたし・・・真琴のときといい、八年前のことといい、今度のことといい、いつもはっきりとものを言わなくて、それで祐一に貧乏くじ引かせて迷惑かけて・・・ごめんなさい」
 次に名雪が謝った。
「祐一・・・疑ったりしてごめんなさい・・・それに・・・何かあると文句ばっかり言って・・・自分一人だと何も言えないくせに・・・名雪や秋子さんを味方につけて、大きな顔して・・・ごめんなさい」
「わたしも・・・平等に接してきたつもりだったのに、祐一さんには伝わってなかったみたいでしたね・・・真琴のことを優先してばかりなのは、卑怯ですよね・・・不愉快な思いをさせてしまって、ごめんなさい」
 真琴と秋子が謝った。
「祐一くん、不注意で『財布なくなった』って騒いで、迷惑かけてごめんなさい」
 最後にあゆが謝った。こうして、全員の『懺悔』が終わった。
「ところで、シチュー、まだ余ってるのか?」
「うん・・・」
 あゆが答えた。
「よし、じゃみんなで食べようぜ!この涙もののシチューをな」
「そうね、みんなで食べましょう」
「あ、わたし、伏見さん呼んでくる!」
 名雪が伏見を呼びに行った。

 夜更けの伏見の部屋。
「というわけで、みんな、仲直りできたよ」
「そうか、そりゃよかった。でも俺、あそこまで言うことなかったかな」
 伏見が鳥羽と、携帯で話している。
「いや、そんなことないよ。俺だって、みんながお前の怒りを買うかなって思ってたよ」
「・・・俺って相変わらずだな。こういう事があるたびに、お前に教えてもらってるんだもんな」
「そんな、気にすることなんかないよ。祐一くん、ほんとはずっと腹の底から怒りたかったんだよ。みんなとは仲良くやってるけど、何かある度いつも悪いのは自分、それが不満だったんだよ」
「そうか・・・形はどうあれ、鬱積した不満を吐き出せたのはよかったってわけか」
「そういうことだね」
 一息ついて、鳥羽がつぶやいた。
「それにしても、俺たちってつくづく幸せ者だな」
「まったくだ。あの地獄から帰れただけじゃない、こんなにいい人たちに囲まれてんだもんな」
 伏見が答えた。
 二人が経験した『地獄』とは、そして二人にここまで言わせるほどの過去とは、一体何なのか・・・。

 伏見清隆が水瀬家を離れる日は近づいていた。
 彼がこの街で見る、最後の奇跡とは?
 それはまた、別の話・・・。

 つづく

 あとがき

 やたら長くなってしまいました。あゆがここでやっと登場です。
 あと、オリジナルキャラの、『鳥羽光良』を登場させました。
 二人とも、出したのはいいんですが、十分動かしきれなかったのが残念です。
 あゆが一応メインの話・・・ですが、メインになりきれませんでした。
 次は最終回で、美汐を出す予定です。


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