きせきみるもの

 原稿6・サイン・奇跡の果てに・きせきみるものどこへゆく
 
 伏見の部屋。
「ああ、もう荷造りは終わったよ」
 伏見が鳥羽と、携帯で話している。
「で、いつ東京に戻るんだ?」
「次の火曜。鳥羽は?」
「俺か?俺は来月の頭だ」
 部屋の中には、梱包済みの段ボール箱が並んでいた。三ヶ月の滞在だったので、そんなに多くはない。
 コツコツ・・・ノックの音がした。
「あ、ちょっと待ってくれ。・・・はーい、どうぞ!」
 ドアを開けて、名雪が入ってきた。手にはお盆に乗ったお茶を持っている。
「あ、ごめんなさい、今電話中だったんだね」
「いや、いいけど。今、鳥羽と話してるところなんだけど、代わる?」
「う、うん・・・もしもし、お電話代わりました。名雪です」
 伏見から電話を代わった名雪が言った。
「こんばんは、鳥羽です。こないだは、怒鳴ったりして悪かったね」
「いえ、わたしたちが悪かったんです・・・せっかく来てくれたのに、あんな思いさせちゃって・・・ごめんなさい。鳥羽さんに叱られなかったら・・・」
 名雪が素直に謝った。
「どう、あれから?」
 鳥羽が聞いた。
「はい、みんな少しずつだけど、言いたいことはちゃんと言うようにしてます。それと、間違ったらすぐに謝るようにしてます」
「そうか・・・」
「また遊びに来て下さいね」
「いいの?じゃあ、おじゃまさせてもらうね」
 それから軽く会話を交わして、電話は終わった。

 翌日、学校からの帰り道。
 祐一と名雪の横に、天野美汐が歩いていた。
「真琴が帰ってきて、私も元気になれたような気がします」
「俺もそう思うよ。しかし天野、以前よりよくしゃべるようになったよなあ・・・」
「そうでしょう?もう全然心配ないですよ。あははは・・・」
 美汐が笑った。以前ならば、声を出して笑うところなど絶対に見せなかったのに、一週間前くらいからよく見せるようになってきた。
「最近、あの丘によく行くんですよ。悲しいときとか、寂しいときとか」
「ふーん・・・」
「今日も、あの丘に行ってみようかなって。・・・真琴みたいに、あそこで寝てみたいなあって。そのまま永遠の眠り・・・なんて」
「おいおい、冗談なんて天野らしくないぞ」
「いいじゃないですか、一生に一度、冗談ぐらいは。あはは」
「一度なんてケチなこと言わないで、もっと言えばいいじゃない、天野さん」
 そんな会話を交わしながら、三人は歩いていった。

 夕暮れ時、水瀬家の居間。
「ふーん、天野さんと会ったんだ」
 祐一と名雪から話を聞いた伏見が言った。会ったことはないが、美汐のことはよく聞かされていた。祐一と同じように、狐との出会いと別れを経験したこと。それ以来、感情を失ってしまったこと・・・。
「天野さん、すっかり元気になったんだよ。笑顔もよく見せるし」
「そうそう、それによくしゃべるようになったなあ」
 そこまで言って、祐一は一呼吸置いた。
「だけどさ・・・妙に引っ掛かるんだよなあ・・・そつがなくなったと言えばなくなったんだけど・・・なくなりすぎと言うか・・・それも急に」
「そうだよね、なんか露骨すぎって言うのかな、あんなにおとなしかったのに、まるで別人みたいで・・・」
 言いながら、名雪は首をかしげる。
「でも、大丈夫だよね。悲しいときや寂しいときに、ものみの丘によく行くんだって。あそこで寝てみたいなあ、そのまま永遠の眠り、なんて冗談言ってたよ」
 祐一と名雪の話を、伏見は黙って聞いていた。だが、
「急に元気に・・・しかも、おしゃべりになった・・・?」
 そうつぶやいた次の瞬間、伏見は素早く立ち上がった。
「急ごう!すぐそこに行こう!」
 いつもと違った、伏見の少し強めの口調に弾かれて、祐一と名雪も立ち上がった。

 大道りに出た三人はタクシーを拾った。乗り込むと、伏見はすぐに携帯を取った。 
「もしもし、伏見だけど、今暇か? ・・・そうか、悪いけどすぐ、ものみの丘に来てくれないか?・・・そう、その丘。・・・悪い、説明している時間がないんだ。とにかく、一刻を争うんだ。・・・じゃ、また後で!」
「鳥羽さん?」
 祐一が聞いた。
「うん。力を借りようと思って」
 タクシーに10分ほど乗っているうちに、日はすでに沈んでいた。あたりはもう薄暗くなっている。
「あ、そこで止めてください!」
 三人を乗せたタクシーは、雑木林の前で止まった。
「釣りはいいです!チップにしといて」
 伏見は運転手に千円札を渡すと、祐一、名雪とともにタクシーを降りた。
 三人は丘に通じる雑木林の中の道を駆け出した。すぐに大きく視界が開けた。視界の向こうに、人陰が見える。
「あっ、天野さん!」
 美汐が立っていた。
「!!・・・お、お前、何やろうとしてたんだ!?」
 祐一が思わず叫んだ。美汐の手に光るものが見える。ナイフだ。
「まさか・・・お前・・・バカな真似はよせ!」
「天野さん、やめて!」
 名雪も叫んだ。だが、美汐はナイフを下ろそうとしない。
「・・・あっ、いた!伏見!」
 そのとき、後ろから声がした。鳥羽だ。
「一体どうしたんだ?・・・・・・ああ、そうか・・・」
 状況で、何が起きているのかを察した鳥羽がつぶやいた。
「天野・・・何でだよ!一体、何でだよ!」
 祐一は叫ぶ。
「相沢さんは真琴が戻ってきたからいいですよね。そう、奇跡が起きたからいいですよね。でも私にはもう、何もないんです。私には奇跡なんて起きなかった」
 天野は自嘲するように言った。
「もうあの子は戻ってこない。だからせめて真琴だけでもと思いました。・・・そして奇跡は起きました。真琴は戻ってきました。もうそれだけで十分です。私の役目は終わったんです」
 丘の上を、一陣の風が吹いた。
「・・・君は人に言ってるけど、自分自身は全然立ち直ってないね」
 伏見が静かに言った。
「・・・・・・」
「君の絶望は、命を捨てるほどの絶望じゃないよ」
「・・・・・・あなたは・・・一体何を知ってるんですか!?」
「・・・・・・」
 伏見は答えない。
「大体あなたは、誰なんですか!?」
「俺は名雪ちゃんの家に下宿してる、伏見清隆だ。で、こっちが鳥羽光良。君のことは祐一くんや名雪ちゃんによく聞いてるよ」
 伏見と鳥羽が静かににじり寄る。 
「来ないで!ほんとに刺しますよ!」
 動揺した美汐は、ナイフを首に向けた。すると鳥羽が、
「待ってくれ。ちょっと見てもらいたいものがあるんだ」
 そう言って、ズボンのポケットを探る。だが、何やらごそごそ手間取っているようだ。何を出す気なのだろう・・・?美汐は、動揺するのも忘れて鳥羽の手の動きを見ていた。
 トンッ!!
 次の瞬間、美汐の腕にしびれが走った。
「うっ・・・!?」
 その衝撃で、美汐はナイフを落としてしまった。
「えっ!?伏見さん・・・」
「い、いつの間に天野さんの後ろに!?」
 伏見が美汐の背後に回っていた。右手は手刀の型になっていた。あまりに素早い動きに、祐一と名雪は唖然とするばかりだ。
 美汐が拾おうとするより早く、伏見は落ちたナイフを蹴った。蹴られたナイフは、地面を滑って鳥羽の足下で止まった。
「この神聖な丘に、こんな物騒なものは必要ない!」
 鳥羽はナイフを拾い上げると、誰もいない方に向かって投げた。
「何が君をそうさせたのか、そんなことは知らない。だが、君のしようとしたことは、祐一くんや名雪ちゃん、真琴ちゃんへの裏切りだ」
 鳥羽が言ったそのとき、美汐はがくがくと震え出した。
「う・・・う・・・うう・・・」
 次の瞬間、美汐は崩れるように倒れてしまった。
「天野!?」
「天野さん!?」

 倒れた美汐を、一行は水瀬家まで運んだ。とりあえず、名雪の部屋のベッドで寝かせることにした。
「天野さんは?」
「まだ寝てるよ」
 名雪の部屋から出てきた伏見が答えた。
「どうして・・・どうしてなの!?天野さん、あんなに明るくなってたのに・・・」
「伏見さん、どうしてわかったの?天野が自殺するって」
 二人は伏見に聞いた。
「自殺のサインって知ってるかい?」
「自殺しようとしてる人が見せる・・・閉じこもったりとか、落ち込んだりとかってこと?」
 祐一が答える。
「そう。だけど、自殺のサインってのは、それだけじゃないんだ。今まで静かだった人が、突然明るくなったり、おしゃべりになったりすることもあるんだ。それも異常なくらいにね。周囲の人間は『おかしいな』と思うけど、まさか自殺しようとしてるなんて思わないのが当然なんだ」
「どうして?死ぬと決めたのに、どうして明るくなれるの?」
「死ぬと決めたからだよ。もう失うものがなくなって、気持ちが軽くなるんだ」

 夜・・・。
「・・・ここは・・・?」
 目を覚ました美汐が言った。
「名雪の部屋だ」
 祐一が答えた。横に名雪、伏見、鳥羽、そしてバイトを終えて帰ってきた真琴もいる。
「そうですか。・・・じゃ、もう大丈夫ですから、これで失礼します」
「おっと待った!」
 ベッドから出ようとする美汐を、祐一が止めた。
「今お前を帰すのは危険だ。あえて、しばらくお前を、この家に拉致させてもらう!」
「ちょっ・・・祐一!」
「なんなら、警察に電話してもいいんだぞ。自殺志願者をほっとくほど、警察もボケてないだろ」
 名雪に構わず、祐一は続ける。
「もう絶対あんなことはしないと確認が取れるまで、この家からは出さないからな」
「そうだね。それが最善の策だ」
 伏見が言った。
「俺も祐一くんに賛成だ」
「真琴も」
 鳥羽と真琴も言った。
「で、でも・・・天野さんのご両親が・・・」
「・・・心配はいりません。父は離婚して家にいませんし、母も仕事ばかりでろくに家に帰ってきません。ほとんど一人暮らしです」
 名雪は黙って決定に従うしかなかった。

「・・・・・・」
 しばらく部屋の中は沈黙が続いた。だが、美汐は時々、チラチラと伏見と鳥羽の顔色をうかがう。そのたびに、おびえた表情を見せる。
「俺たち、席外そうか?」
 伏見が鳥羽に言った。
「ああ、そうしよう」
 鳥羽もうなづいて、伏見と一緒に部屋を出ていった。
「そうか、天野が伏見さんと鳥羽さんのこと、怖がってるのに気がついたんだ。だから気を使って・・・」
 祐一が言った。
「これで、ちゃんと話せるよね、天野さん」
 名雪も言った。

「生きようと死のうと、そんなのは私の勝手です!」
「勝手だと!ふざけるな!!」
「祐一!」
「いや、ここは言わせてくれ!」
 さらに祐一は続ける。
「お前わかるか!あの時の真琴がどんな気持ちだったか。明日も知れない真琴がどんな気持ちだったか、お前わかるか!恐怖と戦い続けていたんだ!壊れていく自分と戦い続けていたんだ!」
 真琴は祐一の横でうつむいている。
「『相沢さんは現実的すぎます』だ?『相沢さんはつかの間の奇跡の中にいるのですよ』だ?」
「・・・・・・」
「人様を見抜いたようなこと言うな!!」
 祐一が叫んだ後、またしばらく沈黙が続いたが、
「・・・もう俺疲れちゃったよ。名雪、後は頼めるか?」
「わかった。祐一は休んでて」
「そうさせてもらうよ。じゃ、がんばれよ」
 そう言って、祐一は出ていった。
「ごめんね、天野さん。でもわかってよ、祐一、ほんとに心配してるから言ったんだよ」
 名雪が静かに言った。
「私のこと、怒らないんですね・・・」
 美汐はそっぽを向いたまま言った。
「どうして怒る必要があるの?」
「・・・そんなこともわからないんですか。悪いですけど、水瀬さんも鈍いんですね」
 名雪は何も言い返せない。
「・・・ぶたないんですか?」
「違うよ、ぶたれるならわたしだよ。天野さんが苦しんでるの、わかってあげられなかったんだもん。ねえ、どうして言ってくれなかったの?」
「・・・・・・」
「天野さんは一人ぼっちじゃないんだよ。わたしも、祐一も、真琴もいるじゃない。だから悩んでたら何でも言ってくれれば」
「決まり文句を言わないで!!」
 強い口調で美汐が制した。
「もう一人にして下さい!!」
 これではどうにもならない。名雪もお手上げだった。

 祐一の部屋に移った、名雪と祐一、それに真琴が頭を抱えている。
「どうしよう、このままじゃまた・・・」
「どうすりゃいいんだ・・・ねえ、伏見さん。どうしたらいいかな?」
 それを受けて伏見は、
「三人とも彼女の、困った時に頼れる友達になりたいよね?」
「もちろん!」
「もちろんだよ!」
「俺、なりたいよ!」
 三人は迷わずに答えた。
「それだったら、祐一くんや名雪ちゃん、真琴ちゃんの、困った時の友達に相談してみたらどうかな?」
「?・・・・・・そうか!そういうことか!」
「わかったよ!」
「うん!」
 三人は納得した。
「よし、みんなに頼んでみよう。あゆも、香里も、栞も、みんな協力してくれるはずだ」
「真琴、舞先生に頼んでみる!」
「それなら一緒に、佐祐理先輩にも協力してもらおうよ」
「そうだな。よし、やるか!」
 それを聞いて、伏見は微笑んだ。

 翌日、祐一たちは、みんなに協力を頼んだ。みんな、異口同音に快く引き受けた。
 その日の夕方・・・。
「あなたは確か、相沢さんや真琴の・・・」
「ボク、月宮あゆっていいます」
「はじめまして、私は美坂栞です」
 あゆと栞が、美汐の寝ているベッドの側に座っている。
「何かご用ですか?」
「うん、友達になりに来たよ」
 あゆが答えた。それを聞いて、美汐は露骨に怪訝な顔をした。
「友達・・・?どうしてですか?」
「祐一くんや真琴ちゃんの友達は、ボクたちの友達だからだよ」
 それを聞いて美汐は、あきれた・・・とでも言いたそうな顔をした。
「・・・それだけで友達だなんて、ずいぶん単純ですね」
「うぐぅ・・・」
「そんなこと言う・・・むぐっ・・・」
 あやうく、嫌いですと言うところだった。
「え?」
「い、いえ、そんなこと言わないで、仲良くしましょう」
 うまくごまかした。
「ねえ、祐一くんや真琴ちゃんのドジ話、教えてあげようか?大笑いだよ」
「・・・はぁ・・・そんなことして、なんになるんですか?何にも面白いことなんかありませんよ」
 ため息まじりに美汐が言った。
「面白いことなら、これからいっぱいあるよ」
「うん」
「・・・・・・」
「ねえ、美汐ちゃんのこと、ボクたちに教えてよ」
 それから三人は、えんえんとしゃべり続けた。もっとも、あゆが一番しゃべっていたのだが。そして・・・。
「どうです?つまらないでしょう?」
「そんなこと全然ないよ!」
「とっても楽しいですよ!」
 あゆと栞は、最高の笑顔で言った。
「ボク、美汐ちゃんが大好きだよ!」
「私も、美汐さんが大好きです!」
「・・・・・・・」
 美汐の肩が震えだした。握りしめた拳に、涙の雫が落ちる。
「うう・・・ううっ・・・」
 嗚咽する美汐を、あゆはしっかり抱きしめた。
「もう泣かなく・・・じゃない、いっぱい泣いていいんだよ。恥ずかしくなんかないからね」
「うええっ・・・わあああっ・・・」
 美汐はあゆに抱きしめられたまま、大声で泣きじゃくり始めた。
 
 翌朝・・・。
「よし、もう釈放だ!」
 祐一たちは、美汐を家に帰すことにした。
 玄関先に、みんな集まっている。
「俺たちはみんな知ってるからな。お前はいい子だってことを」
 祐一が言った。名雪も、真琴も、秋子も、そして伏見も大きくうなづいている。
「・・・私・・・もう・・・逃げません・・・寂しくもありません・・・だって・・・目の前にこんなに、いっぱい人がいるんですから・・・」
 懸命に、美汐が答えた。
「どう?君は一人ぼっちじゃないって、実感できたよね?」
 伏見が聞く。
「はい、できました!何だか・・・私にも奇跡が起きたような気がします」
 今度はおびえずに、美汐は答えた。
「俺も、奇跡を見たような気がするよ。・・・もう、あんなことはしないって、約束できるね?」
「はい!もうしません!」
 美汐ははっきりと答えた。
「またいつでも、いらっしゃいね。私のこと、お母さんだと思っていいわよ」
 秋子が優しく言った。
「はい!」
 美汐の目は強く輝いていた。

 そして・・・伏見が水瀬家を去る日がやってきた。みんなが駅まで、伏見を見送りに来た。
 ここは駅のホーム。列車はすでに入っている。
「また遊びに来て下さいね」
「もっと相談に乗ってもらいたかったな」
 秋子と名雪が言った。
「俺なんか、結局相談に乗ってもらえずじまいだったなあ」
 一緒に見送りに来た、北川潤がつぶやいた。
「また一緒に仕事ができたらいいな」
 鳥羽が言った。すると横で祐一が、
「伏見さん・・・その・・・」
「ん?何?」
「伏見さん、いろいろとありがとうございました!!」
「ありがとうございました!!」
 祐一の後に続いて、見送りに来たみんなも頭を下げた。 
「こちらこそ、ありがとうございました!!」
 伏見も頭を下げた。そのとき、発車のオルゴールが鳴った。
「じゃ・・・時間だから・・・」
 伏見は列車に乗り込んだ。
「それじゃ・・・お世話になりました。またいつか!」
 乗車ステップで伏見が深く頭を下げると同時に、列車のドアが閉じた。 
「伏見さーん!!さようならー!!また来てねー!!」
 みんなが手を振っている。伏見も窓越しに手を振った。
 動き出した列車は速度を上げていく。互いが見えなくなるまで、伏見も、みんなも手を振り続けた。
 列車はやがて、みんなの視界から消え去っていった・・・。

 そして一ヶ月後・・・。
「伏見さん、今どうしてるのかなあ」
「あれから音沙汰なしだもんな。忙しいんだろうなあ」
 学校帰りの道を歩きながら、名雪と祐一がつぶやいた。
 伏見がいなくなってから、水瀬家はまた、伏見が来る前の状態に戻ってしまった。
 いや、戻ってはいない。

「まずは自分から、見返りを捨ててみたらどうかな」

「人の心の痛みがわからない人に、人を教える資格はないよ!」

「舞先生のこと、追いかけないでいいの?」 

「これからは人に頼らず、君だけの答えを探すのも必要な仕事なんだよ」

「自分の事は許せなくても、人の事はさらっと許してあげられる、それが君のいい所だと思うな」

「三人とも彼女の、困った時に頼れる友達になりたいよね?」

「どう?君は一人ぼっちじゃないって、実感できたよね?」

 伏見の言葉は、確実にみんなを変えていった。

 さらに一ヶ月後・・・。
 伏見は全国を飛び回る毎日が続いていた。今日も取材で、地方に来ている。
 バスに揺られながら、伏見は名雪からの手紙を呼んでいた。

 伏見さん、お元気ですか?
 伏見さんがいなくなったので、すっかり寂しくなってしまいました。
 祐一とわたしは、受験勉強を続けています。
 さて、伏見さんにお伝えしたいビッグニュースが2つあります。
 一つめは、真琴が、見事大検に合格しました。その時の喜びようといったら、もうここでは説明しきれないくらいでした。
 もう一つは、あゆちゃんが、我が家の養子になりました。つまり、わたしや祐一の妹になったわけです。真琴は三女になったわけで、初めは悔しがっていました。でもご安心下さい、二人はすごく仲良くやってます。お風呂も、寝るのも一緒です。おもしろいことに、二人がゲームをやると、不思議なくらい互角なのです。祐一いわく、『低レベル同士だから』って。失礼しちゃいますよね。・・・・・・

 伏見は手紙を読み続ける。

 ・・・またいつか、遊びに来てくださいね。
 それでは、失礼します。
 かしこ
 水瀬 名雪

 ・・・あっ!しまった!
 手紙を読み終えた伏見は、ふと思い出した。
 ・・・あのジャムの作り方教わるの、すっかり忘れてた!・・・まあいいか、手紙の返事に『教えて下さい』って書けば・・・
「次は、隆山西中学校前、隆山西中学校前です」
 アナウンスが流れた。伏見はボタンを押した。 
 それから二分もしないうちに、バスは停留所で止まった。バスを降りた伏見が腕時計をちらっと見ると、六時半を少し過ぎていた。
 ・・・さて、行くか・・・
 朝早く、人陰もまばらな街を、伏見は歩いていった。

 昇る朝日を全身に浴び、彼は一人歩いてゆく。
 みんなからの感謝の言葉を胸に抱き、伏見清隆、どこへゆく。
 きせきみるもの、どこへゆく。
 それはまた、別の話・・・

「「「「「「「「伏見さーーーん!!!」」」」」」」」
「また、いつの日か!」

 あとがき
 
 『きせきみるもの』KANON編は、これで完結となりました。たった六話しかないのに、完結まで一年以上もかかってしまいました。
 『KANONのオリキャラ話を書こう』と思って書き始めたこの作品ですが、まだはっきりと伏見清隆のキャラを固めていないうちに書き始めたので、前半と後半では違った雰囲気になってしまっています。前半にはあったギャグも、後半ではほとんどなくなってしまいました。
 しかし、それでも自分で作り出したキャラは、長く書いているとやっぱり愛着が湧くものですね。
 今度シリーズものをやるときは、もっと書くペースを早くしたいです。あまりだらだらしていると、読者が離れていってしまいますものね。


戻る inserted by FC2 system