飯田線旅行記 99.3.20初版 99.3.30改訂 99.5.15写真追加



 
 飯田線とは?

 JR東海に属する、豊橋-辰野間195.8営業キロの路線。92の駅(豊橋と辰野を入れると94駅)があり、平均駅間距離は2.1kmと都会なみの短さである。
 前身は、豊川鉄道、鳳来寺鉄道、三信鉄道、伊那電気鉄道の4つの私鉄であった。昭和18年8月1日、国に買収され、国鉄飯田線となり、JRに引き継がれて現在に至る。当初から全線電化路線であり、SLは一度も営業運転されたことがない。
 昭和58年まで、都落ちした旧型国電、通称旧国が走っていたことでも知られている。現在、中部天竜駅にある、博物館『佐久間レールパーク』に一部の車両が保存されている。
 さらに飯田線の大きな特徴として、起点と終点以外に接続する路線が一本もないことがあげられる。(接続路線が2本着工されたが、途中で建設中止になった)
 沿線風景の美しさ、特徴のある駅の多さもあって、マニアや観光客には人気の路線である。しかし特に山間部は利用客が極端に少なく、慢性赤字に悩んでいるのが現状である。 

 だが、消してはならないこの名路線、この安比奈誠伸がご案内しましょう。



青字をクリックすると、写真が出てきます。

 1999年3月18日・1日目

 豊橋で新幹線から特急伊那路1号に乗り換えたのですが、車内放送にびっくりしました。いきなり「右手に見えます川が天竜川で、この川は川底が・・・」と観光案内をするのです。それもテープではなく、車掌さんが肉声でやるのです。まるでバスみたいでした。川を見てなんとなく、京都の保津峡を思い出しました。
 
 中部天竜で特急を降りました。ここには『佐久間レールパーク』という博物館がありますが、土・日・祝日しかやっていないのです。(春・夏休みは毎日開館)採算を考えるとそれが一番なのでしょう。慢性的赤字にただでさえ悩んでいるのですから。もっともこれは飯田線そのものにも言えることなんですが・・・。
 約10分後、普通電車が来ました。乗客の一人が、「右と左、どっちが眺めがいいですか?」と車掌さんに聞いていました。ちなみに、進行方向にむかって左側でした。天竜川がえんえんと続いていました。
 
 第一の目的地、小和田に着きました。降りたのは僕ともう一人。駅のWCから出ると、その人は消えていました。
 ご存じの方も多いと思いますが、この駅は皇太子妃雅子様の旧姓と字が同じ(もっとも、雅子様は『おわだ』で駅は『こわだ』)なことでいちやく有名になりました。電車でしか行けない(山中を歩いてきた人もいるらしいですが・・・)秘境の駅として、以前からマニアには人気の駅でしたが、皇太子御成婚の時は、それにあやかって新婚さんがたくさん訪れたものでした。
 さて、小和田駅の周辺は一軒の民家と倉庫、歌舞伎風の意味不明のステージ(みたいなもの?)、ベンチ、それしかないのです。かつては林業に従事する人の家が数軒あったそうですが、ほとんど移転してしまい、今ある一軒だけになってしまいました。
 そのわきを幅2mに満たない細い道が続いています。集落へと続いている道ですが、歩いて1時間ほどかかるそうです。店も自販機もないそうですので、行ってみようという方はご注意を。
 残った一軒の民家も移転してしまうと、小和田駅も存在理由がなくなり、廃止はまぬがれないでしょう。北海道では、そういった駅の廃止が近年目立ちます。
 
 さて、この小和田駅にもなんと、かつては駅員がいたそうです。列車行き違いのための信号操作をするためです。寝泊りをする部屋(?)が、ひなびた駅舎の中にありました。
 待合室の中には、かつての大フィーバーの時の写真や新聞の切り抜きが一杯貼られています。人気のある駅につきものの、駅ノートもあります。僕も電車待ち時間を利用して書きました。欲張って一人で2ページも使いました。
 99年度ノートに3月18日、4ページ目にイラストを描いたのはこの僕です。確認した!という方はご一報ください。
 
 そのあと、2時間半かけて、天竜峡、飯田を過ぎ、田切へ。『究極超人あ〜る』OVAの舞台になったことで有名になりました。物語のクライマックスにここから入ります。ここの待合室にも『Rノート』なる駅ノートがありました。あまりに待合室への落書きがひどいので、それを防ぐために置かれたそうです。駅近くの雑貨店でノートのバックナンバーを保管しているのですが、何度か持ち逃げされたことがあったため、欠番があるそうです。不心得者というのはいなくならないもので、今置かれているノートにも、たばこの焦げ跡がついていました。

 1999年3月19日・2日目

飯田駅12時30分発の電車で天竜峡へ。しかし、あいにくの雨でした。
ここが天竜川下りの入り口となります。WCを借りるため、待合所に行ってみましたが、雨ということもあり、誰もいませんでした。そして、駅前のそば屋で昼食をすませ、13時40分発茅野行きにのりました。この電車が、マニアにはおなじみ『飯田線・6時間耐久一本勝負』の電車であり、そして『下山村-伊那上郷・電車と人間どっちが速い競争』の挑戦列車です。『6時間・・・』は、始発の豊橋から終点の辰野まで一回も降りずに乗り通すことです。飯田線はローカル線としては異常に距離が長く、かつ異常に駅が多いため、全区間を走り通す『完走電車』は上下一本ずつしかなく、それだと豊橋から辰野までは6時間弱かかります。
 そして、『電車と人間・・・』は『あ〜る』のOVAで取り上げられ、一気に有名になりました。下山村-伊那上郷は電車では6kmありますが、直線で結べば約1.9kmです。この区間は飯田市内Ωループと呼ばれています。ここを電車が迂回している間に、ループの入り口に当たる下山村と出口の伊那上郷の間を電車と競争するゲームです。勝率は5割前後だそうです。僕もいざ挑戦!
 下山村で降りて、今乗ってきた列車の写真を撮り(それが公式ルール?らしい)、ダッシュ!しかし、坂を登るところで道を間違え、あえなく敗退。橋の下を電車が通過していきました。ガックリ肩を落とし、トボトボと伊那上郷駅へ歩いていきました。
 敗因。ジャンバーが雨で濡れて重かったこと(小雨の降る中でした)、傘を手で持っていたこと(これでもけっこうハンデになる)、ちゃんと地図で道を確認しなかったこと・・・。完敗です。悔しい!いつかリターンマッチを・・・。

 飯田まで引き返し、1時間程待って15時12分発の上諏訪行きに乗りました。3両編成がガラガラでした。車窓の写真を撮りまくりました。しかし、前日はすごくいい天気だったのに、雨で日本アルプスが全然見えなかったのが残念です。まあ、2日降られなかっただけでも良かったのですが。
 16時45分、伊那市着。ここが『あ〜る』の最終目的地でした。駅前でお土産を買いました。くるみ入りのまんじゅうと、ホイップクリーム入りのエクレア(?)すごく美味しかったです!

 そして、岡谷行き17時47分発の電車に乗り、飯田線旅行は幕となりました。
 乗っていて感じたこと、それは車掌さんが親しげだということでした。
 顔なじみのお客さんの横に座って雑談したり、すぐわかる外部の人間(?)には「オレンジカードはいりませんか」と車内販売をするのです。このことは乗りに来た多くの人の感想です。小和田や田切の駅ノートにそう書いてありました。 



ホームに戻る
  inserted by FC2 system